なでしこジャパン、ノルウェー撃破の舞台裏 主将・熊谷紗希の「すべてを懸けよう!」で全員のベクトル一致【コラム】
なでしこジャパンがノルウェー戦で見せた修正力と臨機応変な対応力
「この試合にすべてを懸けよう!」
熊谷紗希(ASローマ)の言葉に全員のベクトルが一致した。引いてくるのか、打って出るのか、なでしこジャパンは「相手を見てサッカーをする」(熊谷)ことで対応して見せた。それは、決して受け身に入るということではない。あらゆる状況を想定し、狙いどころを臨機応変に調整していく。今大会のなでしこジャパンの最大の強みだ。
女子ワールドカップ(W杯)決勝トーナメントのラウンド16、ノルウェー代表が守備を固めてきたことを見て、そう来るならばと真っ先に活性化したのが左サイド。そこから宮澤ひなた(マイナビ仙台レディース)が先制点を奪ったものの、警戒していたクロスからヘディングで叩き込まれた。典型的なノルウェーの攻撃スタイルだった。だがこの失点もあってしかるべき日本の弱点。グループリーグから無失点できた日本だが、無駄なプレッシャーを除くためにもこの失点は“痛い経験”として血肉となれば価値深いものとなる。
前からプレッシングに行きすぎず、多少陣形が引いたとしても、リスクマネジメントをしながら相手の隙を突くことで日本は勝ち上がってきた。ラウンド16でも、ボールの出所を摘み取れずとも不自由にさせ、ターゲットは決して見逃さない――これがベストではあったが、まだノルウェーの攻撃を受けていない段階でのバタつきを突かれた失点。しかし、その後修正ができたこと、ゲームの締める時間帯での猛攻を凌いで1失点のみに抑えたことは、このチームの守備力の成長の証だ。
とはいえ、この失点は次に向けて日本が改めて見直すべき最大のテーマになるだろう。当然、準々決勝(8月11日)の相手であるスウェーデン代表にとっては、この失点により日本の突きどころが明確になった。そしてこの形はスウェーデンとしても得意とするところ。必ず狙ってくるはずだが、それを逆手に取ることもここまでの戦いで日本は見せてきた。
「全員で勝った試合。それだけ集中してこの試合に臨めたってことは自分たちの準備が良かった。そこへの自信はグループリーグから持ってます」と熊谷は胸を張る。
グループリーグを通じて積み重ねた守備の自信、リベンジのスウェーデン戦へ
前回大会では怪我人も多く、準備不足が否めなかった。それでも何かが起こりかけている気配を感じたラウンド16でその壁を越えられず敗退。東京五輪前には「準備不足という思いを持って臨むのはイヤなんです」と語っていた熊谷。今大会は初戦を迎える前から、「準備段階として自信を持って臨めるところまできていると思います」(熊谷)と珍しく自信を覗かせていた。
もちろん、初戦のザンビア代表対策においては、ということではあるが、この初戦で初めて守備陣は自分たちの狙いどおりの場所に追い込み、取りたいところで奪い、攻撃につなげる形をゲーム下でコントロールできた。中盤から前もプレッシングでボールを出させない形を貫いたからこそ、カウンターが効いた。
そして第3戦のスペイン代表戦では、5枚でしっかり守るところから相手にボールを持たせても「焦ることはなかった」(熊谷)ほど、落ち着いて戦況を見られていた。押し流されるようにして守るのではなく、「ここまでやらせてOK」「ここは持たせたOK」という多くの設定を、スペイン相手に試していたというほうが正しいのかもしれない。そのうえでの勝利であったからこそ、ノルウェー戦へ向かう自信につながっていた。
その守備を持ってしても、アディショナルタイムの5分間は何度もノルウェーに攻め込まれた。中盤で奪われたボールをつながれ、またしても空中戦へ。中央でカリーナ・セービックに頭でピタリと合わされるも、守護神・山下杏也加(INAC神戸レオネッサ)がギリギリ左手1本で叩くと、すかさず熊谷がそのボールをかき出した。
長い5分間が終わり、ベスト8進出を決めるホイッスルが鳴った瞬間、DF陣は喜びを爆発させた。3-1でノルウェーを撃破し、何度も互いにガッツポーズを見せては抱き合う。昨年10月に4バックから3バックへと基本システムが変わって以降、いくら修正しても、どこかが違う。失点を重ねる度に改善を図ったが劇的な変化は得られず、日々だけが過ぎていく焦りもあった。W杯本番、ようやくノックアウトステージで勝利に導く“日本の守備”を見ることができた。
熊谷が感じた「ここで終わるのはもったいない」という想いは今、なでしこジャパンの全員が感じていることだろう。東京五輪のリベンジとなる準々決勝のスウェーデン戦、なでしこたちの想いの詰まった1プレー1プレーで勝利を掴み取ってほしい。
(早草紀子 / Noriko Hayakusa)
早草紀子
はやくさ・のりこ/兵庫県神戸市生まれ。東京工芸短大写真技術科卒業。在学中のJリーグ元年からサポーターズマガジンでサッカーを撮り始め、1994年よりフリーランスとしてサッカー専門誌などへ寄稿。96年から日本女子サッカーリーグのオフィシャルフォトグラファーとなり、女子サッカー報道の先駆者として執筆など幅広く活動する。2005年からは大宮アルディージャのオフィシャルフォトグラファーも務めている。日本スポーツプレス協会会員、国際スポーツプレス協会会員。