サッカーは手を使う球技に近づく? 欧州勢とJリーグ勢の「ビルドップvsハイプレス」――速さと精度の戦い【コラム】
日本で行われた試合はいずれも良い内容、4チームに見られる共通点
1978年ワールドカップ(W杯)でアルゼンチン代表を初優勝に導いたセサル・ルイス・メノッティ監督はサッカー界の賢者として知られている。メノッティはナポレオン・ボナパルトの言葉を引用してインタビューでこう話していた。
「私はとても急いでいるので、ゆっくり服を着せてくれ」
速さと正確性についての話だったと思う。スピードを上げれば精度は失われる、正確さを失わない節度あるスピードが重要という意味だろう。拙速への戒めである。
マンチェスター・シティ、バイエルン・ミュンヘンが来日して横浜F・マリノス、川崎フロンターレのJ1強豪と対戦した。プレシーズンの欧州勢とシーズン真っ只中のJリーグ勢はコンディションの違いもあり、どちらも良い内容の試合になった。
この4チームはいずれも自陣からビルドアップする、正確性に重きを置いている共通点がある。さらに相手のビルドップに対して前からプレッシングしていく方針も共通していた。そのためどの試合でもビルドアップvsハイプレスの構図が見られたのだが、いずれも序盤はハイプレス側が有利だった。シティやバイエルンでも前からはめ込まれるとボールを奪われるのだ。
ゲームが進むと、ハイプレス有利は逆転してビルドアップ有利になったのも同じ。序盤で体力があるうちは守備側のスピードが優勢だが、時間の経過とともに運動量が落ちると精度がスピードを上回る。速さと精度の戦いは、どの試合も時間帯によって変わり、総合的には引き分けという感じだろうか。
サッカーの戦術はいずれハンドボールやバスケットボールといった手を使う球技に近づくと思われる。ただ、近づきはしても同じにはならないのだろう。サッカーは足でボールを握ることができない。ボールキープ力で手には及ばず、正確性において手を使える球技のような圧倒的な有利さがサッカーにはないからだ。
もちろん足を使えるがゆえのパワー、距離の長いパスといった利点はあるわけだが、シティやバイエルンでもハイプレスされると少なくとも序盤はビルドアップに失敗するのが現状である。
いずれハイプレスが無効化されれば守備は撤退するしかなくなる
メノッティがナポレオンの言葉を引用したのは、速さと精度の接点を探れという意味のほかに、精度こそ速さであるという意味もあったかもしれない。
プレスの速さに速さで対抗しようとしても、ビルドアップ側にできるのはパススピードを上げるぐらいだろう。現在でも序盤をすぎるとハイプレスは間に合わなくなっているので、その状態を最初から作るにはパススピードを上げて組み立ての速度で上回ればいいわけだ。
ただ、速さに精度で上回ることも可能だと思う。プレスのパワーをいかにいなすか。ボールコントロールの上手さ、正確さ、パスワークのアイデアが必要になるが、相手の速さの矢印を折ってしまえば速さは無効化できるはずだからだ。むしろ遅くプレーすることで速さに対抗できる。
どういう方法が最善かは現時点では分からないけれども、いずれハイプレスが無効化されれば守備は撤退するしかなくなる。その時サッカーは手を使う球技にかなり近づくのではないか。
(西部謙司 / Kenji Nishibe)
西部謙司
にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。