欧州強豪クラブで働く日本人トレーナーの仕事術と哲学 「優秀だから必要とされるとは限らない」【インタビュー】

オーストラリアのザンクト・ペルテンでトレーナーとして活躍する原辺允輝【写真:本人提供】
オーストラリアのザンクト・ペルテンでトレーナーとして活躍する原辺允輝【写真:本人提供】

オーストリア女子の強豪ザンクト・ペルテン在籍、トレーナーとして活躍する原辺允輝氏

 オーストリア女子ブンデスリーガ1部ザンクト・ペルテンでトレーナーを務める原辺允輝氏。UEFA女子チャンピオンズリーグ(女子CL)の常連であり、欧州女子サッカークラブランキングで14位につけている強豪クラブにおいて、必要不可欠な存在としてチームを支えるなか、トレーナーとしての自らの経験を基に海外クラブで働く仕事術と哲学を明かしている。(取材・文=中野吉之伴/全2回の1回目)

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 海外へ飛び出す理由は人それぞれだ。

 日本から出たいという人だっているだろう。海外に夢を描きに描いて満を持してチャレンジする人もいるだろう。消去法で選んだ先が底だったというパターンってあるだろうし、思わぬところからチャンスが舞い込んできて、直感が自分の背中を押すことだってあるだろう。

 いずれにしてもきっかけがなんであれ、それが自分の人生にとってどんな意味を持つかはその人自身。ないものねだりで視野を閉ざしてしまうのか、違いがあることを楽しんでポジティブに受け止めることができるのか。

 オーストリア・ブンデスリーガのザンクト・ペルテンでトレーナーを勤める原辺允輝の発想はなかなかに面白いものがある。

「大元のきっかけは東京オリンピックになんとか関わりたいという思いでした。当時大学生だったのですが、オリンピックが始まる時にはまだ新卒1年目くらい。しかもいろんな人に話を聞いたら、開幕3年前の時点でトレーナーや内部スタッフはほぼすべて決まってるって。普通にやっていたらそこに入り込む余地はまったくない。でも諦めたくはない。浅はかな考えだったなとは思うんですけど、海外に出て、それもスポーツ先進国よりもサポートが必要な国々で活動したほうがトレーナーとしてのチャンスに巡り合えるかもって思ったのがきっかけでカンボジアに渡ることに決めました」

 その先に何が待ち構えているのかは誰にも分からない。まして自分にとって未知の世界だとなおさらだ。でも臆する気持ちよりも好奇心のほうが強かったのかもしれない。大学から3か月後にはカンボジアへ渡っていた。所属先はアンコールタイガーFC。そこでの生活は驚きの連続だった。

「停電がよく起きるのはもう『あるある』。あと蛇口をひねると茶色の水が出てくることもありましたし、スコールが降ると道路が冠水してしまうことがあるんです。僕はバイク移動だったんですけど、まったく進めない(苦笑)。あ、あとアウェーに行く途中にバスが壊れて、そこら辺で調達したマイクロバスで行ったこともあります」

 次々とエピソードが語られる。マイクロバスというのはそこら辺で調達するようなものではないはずだ。不可思議な顔をするこちらに対して、原辺は笑いながら話を続ける。

「現地交渉なんですよ。でも小さいバスで。選手、スタッフみんなぎゅうぎゅう詰め状態。荷物までは載らないからトゥクトゥクに乗せて運んでもらって。そういう経験をいっぱいしていました」

 原辺のカンボジア生活は3年ほど続いた。刺激に満ちた毎日なのは間違いないが、そろそろトレーナーとして次のステップを考えるようになっていた時、共通の知り合いからモラス雅輝を紹介してもらったのだという。モラスは当時オーストリア女子2部ヴァッカー・インスブルックで監督をしていた。

「実はカンボジアのクラブには『チャンスがあればステップアップしたいと思っています』と言って、それを了承してもらいながら契約更新していたんです。そんな時に声をかけてもらえて。本当にありがたいことです。もう2週間後にはインスブルックに来ていました」

欧州クラブのトレーナーとして活躍できる理由とは【写真:本人提供】
欧州クラブのトレーナーとして活躍できる理由とは【写真:本人提供】

クラブの文化や習慣を理解しなければ「要求に応えることはできない」

 インスブルックでは最初懐疑的な見方をされることもあったが、そのオープンな人柄と優れた施術力で確かな信頼を勝ち取ることになる。モラスがテクニカルダイレクターとしてザンクト・ペルテンへ移ったあと、原辺もトレーナーとして移籍することになった。

 ザンクト・ペルテンの女子チームは女子CLの常連クラブであり、欧州女子サッカークラブランキングで14位につけている。今季もオーストリア・女子ブンデスリーガ1部とカップ戦優勝で2冠達成。そんな強豪クラブでトレーナーとしてなくてはならない存在となっている原辺だが、ではクラブにおける優れたトレーナーに必要なものとはなんなのだろうか。

「僕もいろんな方から話を聞くんですけど、やっぱり優秀だからクラブから必要とされるとは限らないんですね。クラブの文化や習慣を理解しているかどうか。クラブで人事権を持つ人たちが、どんなトレーナーをプロフェッショナルだと解釈しているかを分かっていないと要求に応えることはできないですし、そこに自然と適応・順応する力がないといけないなと思っています」

 ドイツにおいて指導者は海外に出たらカメレオンのような能力が求められるというのを指導者講習会で聞いたことがある。自分のやり方を押し付けようとしたら価値観、習慣が全く違う場所では敵対心しか生み出さない。現地の美徳や誇りを理解し、それを尊重し、そのなかで自分の色を出していく。

「僕で言うと、カンボジア時代にいっぱい学びました。変なプライドを持っていないというか、監督が『こうしてほしい』っていったら、『分かりました』ってすぐに切り替えられる。我が強いトレーナーは難しいのかなと思います。『自分のやり方は絶対これなんだ』ってなってくると、治療技術などは優秀かもしれないですけど、クラブで働くトレーナーとしては適切じゃないのかもしれないかなと」

 監督のなすがままというわけではなく、監督が求めるビジョンを理解し、微調整をして、ちょうどいい着地点を作り出すという感じだろうか。人間関係が円滑に進むことがどんなジャンルでも欠かせないのだから、トレーナーやスタッフでもそうした調整能力/気質を持った人はやはり重宝されるのだ。(文中敬称略)

[プロフィール]
原辺允輝(はらべ・よしき)/大阪府出身。カンボジアのアンコールタイガーFC、オーストリアのヴァッカー・インスブルックを経て、2022-23シーズンよりオーストリア女子ブンデスリーガ1部ザンクト・ペルテンでトレーナーを務める。

(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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