中村敬斗の成長から考える「スターの系譜」 ハーランドら続々…オーストリアリーグから“メガクラブ移籍”が多い理由【現地発】
【インタビュー】中村敬斗に期待のモラス雅輝氏「ELに出て、それからドイツもいい」
オーストリア・ブンデスリーガで経験を積み、欧州のメガクラブへ移籍を果たした選手は多い。新進気鋭の22歳FW中村敬斗(同国1部LASKリンツ)も日本代表にまで上り詰め、オーストリアリーグで急成長を遂げている。同国2部ザンクト・ペルテンでテクニカルダイレクターを務めるモラス雅輝氏は、「ハーランドやサビツァーらに続いて、大活躍の中村が羽ばたいていくっていうのはいい流れ」と期待を寄せるなか、オーストリアリーグから飛躍する選手が多い理由を探る。(取材・文=中野吉之伴/全5回の3回目)
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オーストリア・ブンデスリーガは欧州内においてステップアップリーグとしての評価が高い。
マンチェスター・シティでUEFAチャンピオンズリーグ(CL)優勝を果たしたノルウェー代表FWアーリング・ブラウト・ハーランドをはじめ、ギニア代表MFナビ・ケイタ(ブレーメン)、フランス代表DFダヨ・ウパメカノ(バイエルン・ミュンヘン)、オーストリア代表MFコンラート・ライマー(バイエルン・ミュンヘン)、オーストリア代表FWマルセル・サビツァー(バイエルン・ミュンヘン)、ドイツ代表FWカリム・アデイェミ(ボルシア・ドルトムント)、ハンガリー代表MFドミニク・ソボスライ(リバプール)など、さまざまな選手が欧州メガクラブへの移籍を果たしている。当時ザルツブルクからリバプールへ移籍した日本代表FW南野拓実(現ASモナコ)もこの系譜に入ってくるだろう。
そして現在、LASKリンツに所属している日本代表FW中村敬斗は、リーグ全体にとってさらなる飛躍が期待される次代のスターだ。昨季3位でフィニッシュしたリンツは新シーズンのUEFAヨーロッパリーグ(EL)出場権を手にしている。クラブの戦力を考えると、中村には絶対残ってほしいと願うファンも多いし、指揮を執ったディートマー・キューバウアー監督からの信頼も評価も極めて高かった(注:6月で解任)。
そうしたクラブでの評価を認めたうえで、それでも発展的移籍をすることが個人にとっても、そしてオーストリアリーグにとってもプラスになる、とオーストリア2部ザンクト・ペルテンでテクニカルダイレクターを務めるモラス雅輝は語る。
「リンツで(UEFAヨーロッパ)カンファレンスリーグには出てますから、次にヨーロッパリーグに出て、それからドイツ・ブンデスリーガみたいなルートもいいかなとは思うんですけど、リーグ全体の活性化とか彼個人のキャリアプランとかいろいろ考えると、ハーランドやサビツァーらに続いて、大活躍の中村が羽ばたいていくっていうのはいい流れだと思うんですよね」
オーストリアでは全く異なる評価、中村は「競り合いへの意欲と強さがある選手」
オーストリアから育ち、飛躍していく選手が増えている理由はどこにあるのだろう。
中村自身も話をしてくれたことがあるが、オーストリアサッカーはインテンシティー(プレー強度)の質が高い。ハイスピード・ハイインテンシティーとともに独自路線を歩むザルツブルクの存在が少なからず影響を与え、多くのクラブがそれに立ち向かうべく勇敢にチャレンジしてきた結果、オーストリア国内全体的にインテンシティーの高いサッカーをする傾向が生まれたのだという。
例えば日本サッカーと欧州サッカーを比較した時、最も大きな違いの1つとされるインテンシティー。欧州移籍を夢見る選手はそこへの順応と適応が欠かせない。ただ慣れることは簡単ではなく、だからこそ最初にどこで、どのような経験を積むのかがもっと丁寧に考えられるべきではないだろうか。
「僕は各国リーグのレベルというのはヨーロッパにおける国際競争力だと思うんです。その国際競争力というのは、ピッチ上でのインテンシティーの高さとか競り合いの激しさといったのを含めたクオリティーとなります」(モラス雅輝)
比較をする時、その基準として見られるものがなければならないし、ヨーロッパサッカーにおける基準の1つにインテンシティーの高さがあるのは間違いない。それをリーグにおける個性の違いとしてだけ扱うのではなく、なければならない最初の基準の1つとして受け止められるかどうか。自分たちがステップアップ移籍を望む先と同じ土俵でプレーしていない以上、そのリーグのクオリティー云々を評価することも難しいではないか。
中村はオーストリアリーグで間違いなく鍛えられた。そして自他ともに認める素晴らしい成長を果たしている。日本のサッカー関係者と話をすると、Jリーグでプレーしている頃の印象そのままに、「中村敬斗のイメージは上手いけれど、攻守の切り替えでスプリントが足らないとか、ボールを奪いに行かないとか、守備ができない」という声を正直少なからず耳にする。
興味深いのは、中村についてオーストリアサッカー界では全く異なる評価がされている点だ。
「いや、全然違うんです。守備での連続的な動き、守備をしたあとに攻撃へ移るスピード、競り合いへの意欲と強さがある選手ですよ。『切り替えの時のインテンシティーが低い』なんてこっちの人は誰も言わないと思うんですよね。それってやっぱりオーストリアに来て学んだものです。僕は彼の成長をずっと見てたからすごく嬉しいですよ」(モラス雅輝)
そしてベーシックな部分で大きな成長が見られるのは、中村が最初にオーストリア2部リーグでプレーしていた経験も関係している。2部だからテクニックや戦術理解でのクオリティーは1部に比べたら劣る。だが、インテンシティーや競り合いの激しさはとても高いのだ。
FW二田理央も証言「こっちだともう容赦なく飛び込んできますから。鍛えられますね」
現在2部ザンクト・ペルテンでプレーするFW二田理央がリーグの実情について次のように話してくれた。
「僕は日本でのサッカーと比べての肌感覚ですけど、今のチームのほうが強度とかインテンシティーは高いです。もうどんな局面でもバチンといく。日本だと守備をする時に相手の前で止まったりすることがありますけど、こっちだと本当にもう容赦なく飛び込んできますから。鍛えられますね」
テクニックで逃げるのではなく、そこでの戦いを受け入れたから、中村はインテンシティー高く攻守に動いていても、攻撃時の精度を下げずにプレーできるようになった。欧州基準を身に付け、すでに数シーズンプレーしている実績があるから、市場における価値も高まってくる。
現バイエルン・ミュンヘンのフランス代表DFウパメカノもオーストリア2部で経験を積んでいる。当時ウパメカノはフランスU-18代表でU-18欧州選手権優勝メンバーだったが、それでもオーストリア2部のほうがレベルは上。同世代ではない大人の中でサッカーをするとはそういうことなのだ。
毎週末バチバチしたバトルができる。チャレンジをしてミスをしてもそれを受け止めてもらえるサポートがある。何万人もの観衆の前でプレッシャーを受けながらプレーすることもない。サッカーに集中できる環境というのは、若手選手の成長にとって非常に重要だということを教えてくれている。(文中敬称略)
[プロフィール]
モラス雅輝(モラス・マサキ)/1979年1月8日生まれ。東京都調布市出身。16歳でドイツへ単身留学し、18歳で選手から指導者に転身。オーストリアサッカー協会のコーチングライセンスを保持し、オーストリアの男女クラブで監督やヘッドコーチとして指導。2008年11月から10年まで浦和レッズ、19年6月から20年9月までヴィッセル神戸でそれぞれコーチを務め、神戸時代にはクラブ史上初の天皇杯優勝を果たした。以降はオーストリアに戻り、FCヴァッカー・インスブルックを経て、22年7月からザンクト・ペルテンのテクニカルダイレクターとして活躍している。
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)
中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。