20年の現役生活に幕 佐藤由紀彦が残したモノ
佐藤から石川へと受け継がれたバトン、「いつか2人きりでいろんなことを語りたい」
「オレにとってナオは特別な存在だった。同業者中の同業者。同じ職場でしかも管轄まで同じだった。だからナオをすごく嫌いになりたかった。でも、嫌いになれないぐらいあいつはイイヤツなんですよ。ナオが性格が悪くて自分勝手なら、オレにとっては格好の的だったんですけどね。でも、あいつはあいつで歯を食いしばってやっていた。
オレが別のポジションなら接し方も違っていたかもしれない。本当は、もっとこうすればよくなるぞと言いたかった。でも、それが言いたかったけど、言えなかった。経験を重ねてそれが無意味なことにも気づいた。アドバイスする、しないなんて関係ない。自分がそれを超越するぐらいまた努力すればいい。本当に大切なのはどれだけサッカーと向き合って努力を続けられるかだから」
佐藤はそう言って今季までプロサッカー生活を続けた。2008年末、知人を交えて2人は初めて食事をしているが、その一度きりしかない。ブラジル料理を頬張りながら言葉を重ねた。佐藤はこう言葉にしている。
「そのときはまだヘヴィーな会話はできなかった。僕は現役を続けている以上は過去を振り返っても仕方がないし、突き進むしかないと思っている。だから2人とも選手をあがったとき、そのときはいつか2人きりでいろんなことを語りたい、本当にそう思います」
佐藤は、ナオに背中で語り続けていた。頑なで不器用な生き方は、東京のプリンスのバトンを受け取った男に確かに引き継がれた。2人が語る心根から出てくる言葉の端々にはサッカーが好きだというシンプルな答えがいつもある。ナオは言う。
「プレーヤーとしては引退するが、新たな道をつくってくれた。マツ君(松田直樹氏)もそうだけど、やり抜く姿をオレに見せてくれた。2人のような道に進むかどうかも悩んだ。モチベーションもそうだし、体のこともある。だけど、自分もそういうタイプなのかと最近思えるようになった。ユキさんは今も試合に出ていなくとも練習では先頭を走っていたと聞いた。どんなときも変わらずやり続けてきた。意地や誇りが深いところにある魂を突き動かすのだと思っている。
自分にもいつかそういうときが来るのかを考える。だけど、オレは理想の姿を見せてもらった。オレだけじゃない、ユキさんに憧れている人は。多くの人に刺激を与えた。佐藤由紀彦という男は、そうはいない、それこそ本物のプロの姿。オレもいつかゆっくり話をしてみたい」
清水、山形、FC東京、横浜M、柏、仙台、長崎。多くの場所に、転がるボールに胸を焦がした男の姿を目撃した者がいる。そして、魂を受け継いだ男たちは、皆、異口同音で同じことを言うだろう。「佐藤由紀彦とサッカーができて良かった。また一緒にボールを蹴りたい」と。
【了】
馬場康平●文 text by Kohei Baba