なぜバスケス・バイロンは町田へ? “東京同士”の新たな「因縁」のスタートは国立で
【識者コラム】長崎戦でのバスケス・バイロン不在に覚えた「違和感」
突然の発表だった。もっとも、前日「違和感」があったのは間違いない。
7月5日に行われたJ2リーグ第24節の東京ヴェルディ対V・ファーレン長崎は、前節まで2位と5位の上位対決ということでお互いに落とせないゲームだった。
ところがこの大切な試合に東京Vの主力選手1人がいなかった。第23節までのうち22試合に出場していたバスケス・バイロンの姿がなかったのだ。そのため、取材の現場では「移籍するのではないか」という噂が出た。
バスケス・バイロンはチリ出身で、両親の仕事の関係から小学3年生で来日し、高校は青森山田高校に進学した。2018年には全国高校サッカー選手権で優勝。だがJリーグの外国籍選手枠での競争の激しさを考え、当時は東北社会人リーグのいわきFCに加入した。
2020年にはチリの名門、ウニベルシダ・カトリカに移籍したものの、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響があり、JFLに昇格していたいわきFCに復帰する。そして21年、いわきFCのJFL優勝・J3昇格に貢献して、22年に東京Vへ移籍していた。
2022年は42試合中28試合に出場したものの、プレー時間は936分と短かった。だが23年は開幕してから順調に出場時間を伸ばし、右サイドをドリブルで軽快に駆け上がっては攻撃の基点になっていた。
7月6日朝、噂が本当であることが確認された。13時30分には移籍がリリースされる。移籍先は週末の9日に国立競技場で激突するFC町田ゼルビア。両クラブハウス間の距離は直線で13キロもなく、同じく東京都をホームとする。だが、移籍していくクラブとしては衝撃を持って捉えられる相手でもあり、当然と考えられる理由もあった。
J2は半分を終え、次第に上位と下位が色分けされてくる時期を迎えている。今年は2位までが自動昇格、3位から6位までは昇格のもう1枠を争うJ1昇格プレーオフに回る。来シーズンからJ1リーグが20チーム構成になるためプレーオフの勝者は入れ替え戦を戦うことなく昇格できるが、各クラブは下剋上が起きやすいプレーオフよりも2位までに入って昇格を狙いたいところだ。
青森山田高時代の恩師である黒田監督の元へ
現在、トップを走る町田の勝ち点は53。そしてそれに次ぐのが東京Vで勝ち点は43。もしも長崎戦を落としていなければ東京Vは町田にもう少し迫ることができていた。また2位以下は非常に詰まっており、3位大分トリニータが勝ち点42、4位ジュビロ磐田と5位長崎が勝ち点41、6位ヴァンフォーレ甲府は勝ち点40と、東京Vは上よりも下が気になる状況になっている。
それなのに、この時期に主力が首位のチームに移籍したのだ。自分に肉薄しているチームに移籍しなかったのはまだ救いだろうが、東京Vの昇格を願う人たちにとっては不吉に映ってもおかしくないだろう。衝撃を与えたのは間違いない。
だが、その一方で町田に移籍したのは予想がついたとも言える。
町田を率いるのは、プロとしては新人の黒田剛監督。もっとも青森山田高校の監督として高校総体、全国高校サッカー選手権、高円宮杯U-18チャンピオンシップなどで数々のタイトルを手にしてきている。バスケス・バイロンとしては恩師が指揮を執るチームでプレーしようと思っても不思議ではない。
また、町田のサッカーも魅力の1つになったことだろう。2023年シーズン、町田は常にJ2リーグをリードしてきた。エリキ、ミッチェル・デュークの強力2トップを擁するだけでなく、徹底的に「甘さ」「曖昧さ」を排除した守備が功を奏している。2トップが相手DFを追い回すことで生まれたチャンスも多く、身体を張ってゴールを守り抜く姿勢が貫かれているのだ。
7月5日に開催されたアウェーの第24節大分トリニータ戦でもエリキがDFに猛チャージをかけて追加点を奪ったり、大分の波状攻撃をフィールドプレーヤー8人が戻って身体に当てて失点を防いだりするシーンがあった。
指導陣の体制も非常に上手くいっており、現在の体制は森保ジャパンに似ていると言える。森保監督が名波浩コーチに練習を任せる時間が長いのと同じように、黒田監督は大きな方向性を決め、トレーニングは元サガン鳥栖監督の金明輝ヘッドコーチなどがほとんどを仕切り、監督は強調したい場面でだけ言葉を発するのだ。
J1リーグの厳しい戦いで成績を残していた金コーチの知見が生かされており、トレーニングも相手の詳細な分析のうえに構築されて理論的で分かりやすい。なおかつ選手のスキルを上げるトレーニングが繰り返されていて、組み立ての質も開幕当初に比べると格段に上がった。
勝利と失点を防ぐことを追求するサッカーは情緒よりも勝ち点に特化する。その姿は清々しく、またプロとしてとても魅力的だったとも言えるだろう。
バスケス・バイロンも周囲の反応を覚悟「裏切り者扱いされるのも分かっている」
移籍発表の2時間30分後、町田のクラブハウスで取材に応じたバスケス・バイロンは今の複雑な思いをこう語った。
「普通はこんなタイミングでオファーは来ないと思うのですが、それでも町田はオファーしてくれた。そこに1つの縁やタイミングを感じて、大きな覚悟を持って飛び込んできました」
「もちろん東京Vに携わるみなさんにとっては、ありえない移籍だと思いますし、裏切り者扱いされるのも分かっています。東京Vのことやサポーターのことも考えたのですが、やっぱり短い人生の中で、僕もこのタイミングで行きたいという決断に至りました」
「(これまで)毎回試合に来てくれて、声を届けてくれたサポーターは絶対に忘れることはなくて、本当に感謝の気持ちしかないです。移籍するとそんなこと(思い)は通じないというのは分かっているんですけど、でも僕は、これからどこに行っても、いわきFCや東京Vというのは、いつでも僕の心の片隅に入れています」
また黒田監督とは、「町田に入る前に一切話はしていません。(移籍が)決まってからは、連絡しました。『よろしくお願いします。町田に決めました』と言いました」と事前の接触はなかったということだった。
6日には練習に参加し始めたバスケス・バイロンだが、移籍ウインドーが開くまで出場できないため、9日の“東京ダービー”でプレーできない。そのため今季は古巣とぶつかることは両チームがプレーオフに出場しない限りない。
だが、もしこの移籍のあとに東京Vが沈んでいくようなことがあれば、新たに「因縁」が生まれたということになる。その因縁のスタートが国立競技場というのは記憶に残りやすい舞台だ。
一方で、もしもこの移籍で両チームが刺激を受けてともに自動昇格すれば、国立競技場が新たな希望への一歩となったことになり、それにも相応しい場所だろう。9日の来場者はその瞬間を目の当たりにするのかもしれない。
バスケス・バイロンの会見の前日、敗戦した長崎戦のあとの記者会見で東京Vの城福浩監督は町田戦に向けてこう決意を表明した。
「奪われた時のリカバリーパワーがリーグ1位、国内1位にならない限り、我々のやろうとしているサッカーはリスクでしかない。我々は何も諦めてないですし、何も失っていないので、ここからチャレンジして上に食らいついていきたいと思います」
「奪われる」のはボールのことだったのだが、ほかの状況にも当てはまっていたのは偶然だったのだろうか。
(森雅史 / Masafumi Mori)
森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。