元神戸SD三浦淳宏氏が語るイニエスタの素顔 ペットボトル蹴り上げ事件に隠された人間性「亀裂が、とも言われたけど…」

神戸を退団するアンドレス・イニエスタ【写真:徳原隆元】
神戸を退団するアンドレス・イニエスタ【写真:徳原隆元】

【独占インタビュー】イニエスタの獲得に尽力した三浦淳宏氏が当時を回想

 元スペイン代表MFアンドレス・イニエスタは、7月1日のJ1リーグ第19節北海道コンサドーレ札幌戦でヴィッセル神戸でのラストマッチを迎える。2018年夏にスペイン1部FCバルセロナから電撃加入し、約5年間のJリーグ生活を送った。「FOOTBALL ZONE」では、関係者の証言から日本列島を沸かした名手の貢献や素顔に迫る特集を展開。イニエスタの獲得に尽力した元神戸のスポーツダイレクター(SD)で監督も務めた三浦淳宏氏に、当時の秘話を訊いた。(取材・文:FOOTBALL ZONE編集部・小杉舞)

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「イニエスタ、どうかな?」

 2018年の夏、ノエビアスタジアム神戸での試合中だった。当時、SDを務めていた三浦氏に三木谷浩史会長が突然話を持ち掛けてきた。神戸はゲームを支配する攻撃的な“バルサスタイル”の構築に挑戦し始めていた。誰もが知っている世界のトップ選手。新しいスタイルに挑戦するなかで、心臓とも言える選手の名が飛び出た。

「すごいじゃないですか、本当ですか!?」
「じゃあ、行くぞ。スペインに行くぞ」

 その試合後、プライベートジェットでバルセロナへ立った。SDになって初めての仕事。フライト中、パソコンを睨み、プレゼンの内容を必死に考えた。英語がペラペラなわけでもない。一睡もできないまま、スペインに到着した。絶対に獲得したい。その一心だった。そのままイニエスタの自宅に直行した。

「バルサのスタイルを目指すなかで、誰をお手本とすればいいのかと言えば、僕はイニエスタだと思っていた。そのサッカーを体現できる一番の選手。彼の自宅に行って実際に交渉がスタートした。(新天地は)中国に決まりかけていて、あとは本契約にサインするという手前だった。でも、サインしていないよねと。僕は、当然イニエスタ本人とお父さんに一生懸命プレゼンした。すべて僕が守るぐらいの、責任と覚悟を持って必死に伝えた。そしたらお父さんが『アンドレス、ミウラの目は信用できる。ミウラを信用して、行け!』ぐらいの感じで後押ししてくれた」

 実際、プレゼンの内容は堅守速攻から攻撃的なスタイルへ改革している途中であること。アカデミーを含めて、人間形成の教育からしっかりと構築した組織を作り上げるビジョンを持っていることを伝えた。これにイニエスタが賛同。三浦氏は「本当に必死だった」という。

 そして2018年7月、イニエスタは数々のタイトルや功績を残しバルサから神戸へとやってきた。持ち前の戦術眼とテクニックでチームを牽引し、日本中のファンを魅了。神戸を取り巻く環境も変わった。

「実際加入が決まって、日本中が沸いて、クラブの対応からすべてが変わった。正直言って、一緒にプレーした選手、スタッフ、クラブもちろんそうだし、彼の影響力をすごく感じた。時間が経つと、当たり前と思ってしまうけど、僕は1回も当たり前と思ったことがない。日本、Jリーグ、ヴィッセルでプレーしてくれて、この貴重な時間を絶対に忘れられない。それは振る舞いから所作を含めて、プレーもすべて超一流だった」

感情を爆発させたペットボトル蹴り上げ事件「めちゃくちゃ怒った」

神戸でスポーツダイレクターを務めた三浦淳宏氏【写真:Getty Images】
神戸でスポーツダイレクターを務めた三浦淳宏氏【写真:Getty Images】

 三浦氏にとって忘れられないシーンがある。2021年9月18日、J1リーグ第29節・札幌戦。後半25分に途中交代を命じられたイニエスタはベンチ前のペットボトルケースを蹴り上げた。珍しく感情を爆発させた。当時、監督を務めていた三浦氏はこの行動に対してすぐにイニエスタを叱った。

「あれはないぞ、あなたはあんな態度していいのか、交代で入ってくる選手に対してリスペクトがなさすぎる、と初めてめちゃくちゃ怒った。そうしたら、『本当に申し訳ない』と素直に認めて謝ってきた。僕との仲に亀裂が、とも言われたけどそんなことは全然なくて、『ミステル(三浦)に対してではなかった』とすごく反省していた」

 三浦氏は、次の日の練習前にチームメイトへ謝罪する場を作った。バルサで何度もタイトル獲得に貢献してきた超一流選手が、何度も頭を下げ、真剣に謝っていた。

「一緒にプレー練習してきて、みんな彼の人間性を分かっている。人間だし、そういう気持ちの時も当然ある。でも彼に対するリスペクトは変わらない。僕からそういう話もした。彼の人間性はね、本当に抜群」

 2019年度にはクラブ初タイトルとなった天皇杯優勝に貢献。翌シーズンはAFCチャンピオンズリーグ(ACL)の出場権を得た。イニエスタにとって、絶対に獲りたかったタイトルの1つがアジアの頂点だった。

 20年12月10日、準々決勝の水原三星(韓国)戦。負傷でベンチスタートとなったイニエスタはとてもではないがプレーできるコンディションではなかった。だが、1-1の同点で試合が進んだ時、イニエスタが通訳とともに三浦氏の背中を叩いた。

「全く考えてない、起用する気はなかった。だけど試合中に来て、ちょっと話をした。『今、ここで自分が出なかったら、自分の責任を果たさなかったら後悔する。どうしても出させてほしい』と伝えてきた。結果、PKで最初に蹴った。あれもたぶん彼はキャプテンで、自分が決めることによってチームはぐっと上向きになるという考えがあったと思う」

 見事、成功させたイニエスタ。チームはベスト4へ進出した。その後、長期離脱につながってしまったことを三浦氏は「自分でも同じ選択をする、その気持ちが痛いほど分かり、選手としての思いを優先させた。しかしそれが僕の失敗だった」と猛反省した。ただ、「それぐらい彼はACLに本気で強い気持ちを持っていた。僕も彼を信頼していた」と、強行出場に至った理由を明かした。

イニエスタがピッチ外で伝えたかったこと「次の試合でもっと良くなるために…」

三浦氏がイニエスタ宅でプレゼンした際のワンシーン【写真提供:三浦淳宏】
三浦氏がイニエスタ宅でプレゼンした際のワンシーン【写真提供:三浦淳宏】

 5年間Jリーグでプレーしてきたことは日本にとっての財産。三浦氏は「トラップ1つ、パス1つすべて相手の逆を突く。日本人は絶対に彼をお手本にしてプレーを研究するべき。判断が間違いない。もう見納めというのが寂しい」と話す。イニエスタから学んだことのなかの1つに「継続し続ける大切さ」がある。

「やっぱりブレずに、継続することの大切さ。今のベストはあるけど、どれだけ先を見て、それに向かって継続していけるか。イニエスタと何度も本音で話をしながらやっていくなかで、『もちろん、上手くいくこともあれば、いかないこともある。でも、さらに次の試合でもっと良くなるために継続していくことがすごく大事だ』という言葉が多かった」

 イニエスタがもたらしたものはたくさんある。ゴールも、パスも、ボール捌きも、戦術眼もピッチで披露してくれた。でも、そのなかでイニエスタが背中で伝え続けてくれたのは体現し続けるということ。私たちが見てきたのは誰よりも勝利への執念が強く、頂点を目指し続ける姿。三浦氏が自宅を訪れたプレゼンから5年――。私たちが何よりも魅了されたのはイニエスタのサッカーに対する思いだったのかもしれない。

[プロフィール]
三浦淳宏(みうら・あつひろ)/1974年7月24日生まれ、大分県出身。横浜F―横浜FM―東京V―神戸―横浜FC。2011年4月に現役引退後は解説者として活躍したのち、18年2月に神戸のスポーツダイレクターに就任。イニエスタの獲得に携わり、20年9月から22年3月まで神戸の監督も務めた。

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