ドイツ代表がファンの新規開拓…「18時開催」の新たな試み 老若男女が生み出す熱狂と次世代への継承【現地発コラム】
6月12日のウクライナ代表戦、キックオフ時間変更で一定の成果
3-3の引き分けに終わったドイツ代表とウクライナ代表の国際親善試合後(現地時間6月12日)、内容が芳しくなかったこともあり、ドイツメディアが辛辣な論調で伝えている記事も多く見られた。
「いつまで実験を続けているのか」
「監督は交代すべきだ」
「政治的なことばかり考えているからだ」
元代表選手や元指導者が専門家として登場してはいろいろな批判を口にしていくし、それを受けてSNSではあることないことを書き込んでは盛り上がりを見せている。
実際にドイツ代表を巡る空気感はいいものではない。好転させようとする試みがどうにもハマらなかったり、やることなすことすべてにケチをつけられているようにも感じられる。
そうしたなか、この試合では新たな試みが行われており、一定以上の成果を上げていた。それは試合開始時間の変更だ。
近年ドイツだけではなく、欧州サッカー界での代表戦は20時45分や21時キックオフが常識となっており、その理由はやはりテレビ視聴率が最も高い時間帯だからとされている。テレビ放映権は巨額でやり取りをされているため、テレビサイドの思惑を優先的に受け入れて試合時間の設定がされるというのは、ファンも理解はしている。
ただ、そもそもサッカーとは誰のものであったのか。サッカーの試合とは本来どうあるべきだったのか。
ドイツ代表が2018年ロシア・ワールドカップ(W杯)、20年欧州選手権、22年カタールW杯と3大会連続でめぼしい結果を上げていないことも理由の1つであるのは間違いないが、代表戦は必ずしもファンが諸手を挙げてスタジアムに駆けつけるコンテンツではなくなっている。
それこそ14年W杯杯でドイツが優勝した直後でさえ、ドイツサッカー協会は危機を感じていたことを明かしている。実際に16年以降、代表戦はスタジアムが満員になることが稀となった。
8万人強収容のボルシア・ドルトムントのスタジアムで開催されながら、4万人強しか入らない試合もあった。巨大なスタジアムの半分が空席というのは、思っている以上に寂しさがあるだけではなく、ムードを押し下げるネガティブな効果も感じられた。空気が抜けていくような雰囲気だ。
ドイツサッカー連盟側からの積極的な歩み寄り、幅広い層へ“体験機会”を提供
代表戦の開催スタジアムを一時は2、3万人サイズとして、なんとか満員になる時期を経て、最近は3、4万人サイズから5、6万人サイズでも集客できるようになった。その陰にはドイツサッカー連盟側からの積極的な歩み寄りがある。
ドイツ代表は公開練習やファンとの交流を増やしつつ、そして今回のウクライナ戦で18時開催のテストに踏み切った。20時45分や21時開催では、子供や学生は観戦に訪れるのが難しい。その一方、代表はファンの新規開拓が必須だった。ドイツのサッカーファンのほとんどはクラブを応援している。クラブ文化の中で生きている。代表が一番なのではない。
それをドイツサッカー文化の伝統として大事にしながら、代表サッカーの良さを幅広い層に体験してもらえるようにする。その意味で、18時開催は家族連れにもちょうどいい。若者グループで訪れることもできる。普段はサッカーにそこまで熱中していなくても、代表選手は知っているという人たちもドイツにだって多いし、彼らも大切なサッカーファミリーなのだ。
ブレーメンで開催されたウクライナ戦には数多くの家族連れや若者グループが訪れた。スタジアムに向かうバスの中では10人ほどの15、16歳の女子グループがそれぞれ代表ユニフォームを来て、好きな選手の話をしていた。スタジアムの記者席に着くと、4歳くらいの男の子がパパに肩車をされて、興奮した様子で「パパ! あそこ見て!」と指さしていた。スタジアムに初めてきた子供もたくさんいたことだろう。
サッカースタジアムに生まれる“みんなで作り出す雰囲気”を実体験することが、また来たいというリピーターを増やすことへつながる。周囲をさらに見渡すと、祖父や祖母と一緒に来ている子供たちもいた。
「おじいちゃんが子供の頃にスタジアムで見た代表戦ではね……」
子供の目線にしゃがんでそんな思い出話をニコニコしながら話をしている人がいた。そうやって次の世代、そのまた次の世代へと引き継がれる思い。それが力となっていく。
「サッカーって凄いね。面白いね」 心の底から楽しむ機会をたくさん作ってほしい
不安定な守備で3失点をしたのはいただけないが、それでもドイツが見せた終盤の猛攻でスタジアムが盛り上がり、声援を上げ、「ドイチュランド」コールが沸き起こった。最後の最後にヨシュア・キミッヒのPKで追い付いたこの試合を、心の底から楽しんだ子供たちがきっとたくさんいたことだろう。
「サッカーって凄いね。面白いね」
ワクワクしながらそう言って帰路につく子供に「また来ようね」と言って約束する。そんな機会をこれからもたくさん作ってほしいと願う。
18時開催、それこそ週末であれば15時台開催などが増えてくることは、サッカー界にとってメリットが大きいのではないだろうか。
中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。