堂安律も感無量「ヤットさんみたい」 フライブルクの“サッカーの神”、新たな伝説誕生にお祭り騒ぎ【現地発コラム】
引退を表明した堂安の同僚FWニルス・ペーターゼン、ホーム最終戦でゴール
フライブルクにはサッカーの神がいる。試合前のメンバー発表でその選手の名前がコールされると、スタジアム中のサポーターが苗字を返し、そしてすぐに「フースバルゴット!」と叫ぶ。
その選手の名はニルス・ペーターゼン。元ドイツ代表の34歳FW。記憶に残るプレーの数々でフライブルクにおけるレジェンド選手だ。
最も有名なところでは、途中交代からのゴール数でブンデスリーガナンバー1の記録保持者。その数なんと34得点。2位が元バイエルン・ミュンヘン、ブレーメンで活躍したFWクラウディオ・ピサーロの21得点であり、ペーターゼンの数字は圧倒的と言える。ペーターゼンが途中交代でピッチに現れたら、チームは必ず勝てるという確信をファンはいつも持っていた。そして本当に多くの試合でペーターゼンはフライブルクを救ってきたのだ。
そんなペーターゼンが今季限りでの引退を表明した。第33節ボルフスブルク戦が最後のホームマッチとなり、試合前には記念品の贈呈が行われた。プレーヤーとしてだけではなく、1人の人間としても誰からも愛されている。チーム内ではムードメイカーであり、若手選手にとっては模範的存在だ。
フライブルクのクリスティアン・シュトライヒ監督がしみじみと語っていた。
「彼の代わりになる選手なんて……。シュート練習でのニルスを、ウチの若手選手はみんな見ている。シュート技術、ポジショニングは極めて秀逸なんだ。一瞬の判断力が本当に素晴らしい。いつも最適な判断をする。ニルスのゴールを思い出すよ。右足で、左足で、頭で、ゴール前から、ドルトムント戦では40メートル級のシュートも決めた。プレー判断の素早さと精度の高さはバツグンだ。国際舞台を含めて、これまでにどれほどの試合を見てきたか。ニルスはこのジャンルにおいて、世界有数の選手なんだ」
そんなペーターゼンが、ボルフスブルク戦途中交代でピッチに登場したのが後半25分。全サポーターが立ち上がった。割れんばかりの拍手と声援のなか、ラストマッチに駆け出した。そして、フライブルクのサッカーの神は、最後まで神だった。
交代から5分後、右サイドを突破したハンガリー代表MFロランド・サライがグラウンダーのクロスを供給。ゴール前でペーターゼンが反応し、右足で合わせてゴールを挙げたのだ。
ファンから感謝「クラブより偉大な存在はいない。だがあなたは限りなくそこへ近づいた」
みんなが心から望んでいた瞬間だ。伝説をまた作った。ここまでの物語を誰が予想できるだろうか。ペーターゼンもそうだったのだろう。ゴールの瞬間、信じられない表情で思わず顔を手で覆った。ベンチの方向を見てみたら、シュトライヒ監督もそうだった。涙をこらえ切れずに頬を伝っているのが画面越しにも見える。どれだけの時間を共に過ごしたことか。
2-0で勝利したあと、ゴール裏はお祭り騒ぎだった。ファンは横断幕を掲げた。
「クラブより偉大な存在はいない。だがあなたは限りなくそこへ近づいた選手だ。ダンケ、ニルス」
1人の選手がクラブと同じくらい偉大な存在になったのだ。そしてそのことを誰もがそのとおりだと受け止めている。
「ニルスのいないチームをイメージすることができない」
シュトライヒ監督はそう呟いた。記者会見でもテーマはペーターゼンの話が当然多い。
「ニルスはスタメンで起用されなくても、いつでもチームのためにプレーをしてくれた。2人のニルスがいればと何度思ったことか。1人のニルスがスタメンで出て、もう一人のニルスがジョーカーで出てくる。ニルスはニルスの歩みでドイツ代表選手にもなった。オリンピック代表にも選出された。とても優れた人間性を持った選手だ」(シュトライヒ監督)
テレビインタビューの連続でペーターゼンが取材エリア待つ地元記者の前に姿を現したのは試合終了から1時間以上過ぎた頃だった。クラブマフラーを肩にかけながら、疲れも見せずに丁寧に受け答えをする。
それにしても途中交代からのジョーカーゴールはペーターゼンの代名詞だが、この試合でそれがまた見られると思っていたサポーターはそう多くなかったのではないだろうか。というのも今季ペーターゼンはノーゴールだったのだ。本人もびっくりしていた。
「僕が出場した段階で試合は0-0。ベンチにはミヒャエル・グレゴリッチがいて、本来だったら彼のほうが序列で先だった。監督には感謝しているし、ファンにも、もちろんね。僕らがピッチに入って、すぐにギュニー(クリスティアン・ギュンター)がゴールを決めて、このまま勝利できたらウニオンやライプツィヒにプレッシャーをかけられると思っていたけど、自分もまたゴールを決めることになるなんて。正直イメージはしていなかったよ、ここ最近ゴールから遠ざかっていたから」
堂安も感慨深げ「こういう瞬間に居合わせることができたのをすごく嬉しく思います」
取材を終えたあと、控室へ戻ろうとしたペーターゼンを地元記者が呼び止めて、「最後に記念の写真を一緒に撮らせてもらえないか?」とお願いしていた。快くそれに応じると、そこからは写真撮影会となっていた。なんと素敵な関係性だろうか。
「僕の名前をみんなが大声でコールしてくれて、数多くの横断幕があって。試合後には僕の背番号が書かれた巨大な旗が準備されて、みんなのサインがされていて。感謝しかない。時間が経ったらもっと現実味を帯びてくるのかな」
そんなペーターゼンと途中交代となった日本代表MF堂安律も感慨深げに話していた。
「ガンバ(大阪)でのヤットさん(遠藤保仁/ジュビロ磐田)みたいなクラブのレジェンドの締めくくりだったので。こういう素晴らしいキャリアの終わり方をした瞬間に居合わせることができたのをすごく嬉しく思います。UEFAチャンピオンズリーグ(CL)出場が決まれば、もっと最高の終わり方ができるので、諦めずにやりたいなと思います」
そのとおりだ。最終節は現地時間5月27日、相手は長谷部誠や鎌田大地らを擁するフランクフルト。ペーターゼン物語最終章の締めくくりは「フライブルクをCLへと導くゴールとともに伝説となった」で終わってほしいものだ。
中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。