LASKのエースに君臨…中村敬斗に滲む悔しさと手応え「勝てたんじゃないかなって」【現地発コラム】
首位ザルツブルク戦、中村敬斗の名前がコールされた時にファンから大声援
オーストリア第3都市であるリンツの中央駅で電車を降りると雨が降っていた。駅前からスタジアムへシャトルバスがあるというので、小走りでそちらへ向かうと、停留所では多くのリンツファンがバスを待っている。ユニフォームやマフラーを身にまとう彼らの中には、子連れも多い。
バスは小高い丘の上へと進んでいき、乗って5分もしたらもう到着。アクセスの良さが素晴らしい。LASKリンツのホームスタジアムには1万5500人のファンが集まってきていた。
首位ザルツブルクとの対戦とあって、やはり普段よりも注目度は高い。今シーズン、LASKはザルツブルクとここまで3度対戦しているが、すべて0-1で惜敗。“4度目の正直”を信じて、オーストリア王者との一戦に臨む。
ファンからの声援が一段と多くなったのは、スタメンで日本代表FW中村敬斗の名前がコールされた時だ。ここまでリーグ13得点7アシストをマークし、名実ともにチームのエースとして君臨している。ザルツブルクの牙城を崩すためにも、中村の好パフォーマンスは欠かせない。その事実をファンはよく分かっている。
試合開始のホイッスルが鳴る。最初に主導権を握ったのはLASKだった。そして最初のシュートチャンスはやはり中村だ。右サイドから味方のシュートがこぼれてくるところに、いち早く反応すると、鋭い反転からシュートに持ち込む。DFにブロックされたが、幸先の良い出だしだ。
どちらもインテンシティーの高さが特徴のチームだ。攻守の切り替えが極めて早い。前線でチャンスを作っていたと思ったら、次の瞬間には相手に裏を取られてピンチになったりする。足を止めずに鋭い攻撃を仕掛け合う。
中村はそんな流れの中で存在感を発揮していく。ボールを持つと精力的に仕掛け、ドリブルで駆け引きし、精度の高いクロスを送り、タイミングのいい飛び込みでシュートチャンスに絡む。中村を中心にLASKは何度も惜しいチャンスを作り出すが、最後のところでゴールを奪うところができない。
0-1惜敗に中村が挙げた課題「いっぱいチャンスはあった」「後半は触る機会が減った」
後半20分、一瞬のスキを見逃さずにゴールを奪ったのはザルツブルクだった。コーナーキック(CK)からのセカンドボールを最終ライン裏へ送ると、フリーになっていたベンヤミン・シェシュコが抜け出してゴールを決めた。
終盤、LASKは猛攻を仕掛けようとするが、ロングボールの頻度が増えるばかりで、なかなかザルツブルク守備を崩すことができない。時折、惜しいチャンスは作るが、最後までゴール前で相手を凌駕することができず、0-1で敗れた。
中村は後半25分に途中交代。試合後のミックスゾーンで中村は悔しさと手応えの両方を滲ませ、こちらの質問に丁寧に答えてくれた。
「今日の試合は内容的に良かったんじゃないですかね。勝てたんじゃないかなって。特に前半はマジでゴールを決めるチャンスがあったと思うので。僕だけじゃなくてほかの選手にもいっぱいチャンスはあった。それだけ前半はいい試合ができたと思うんですけど。後半は相手に修正されて、なかなかチャンスが作れなくなっていったなか、アンラッキーな形で失点してしまって。そこからはちょっと難しかったですね」
前半は特にチーム全体のインテンシティーもすごい高くキープできていたし、ボール奪取も狙いどおりに中盤や相手陣内ですることができていた。ザルツブルク相手に押し気味に試合を進められたのは、大きな成果として考えられる。
それだけに後半ザルツブルクを追い込んでチャンスを作るところまでは持ち込めなかったのは悔やまれるところだ。後半が悪かったわけではないが、前半のようにペースを掴むところまでは行けなかった。
「そうですね。後半僕のところにもあんまりボールが来なかったっていうのは正直あった。前半はボールがこぼれてきたり、自分で取りに行けたりとかしたんですけど、後半はロングボールの展開が多くなってしまった。触る機会が減って、失点して交代だったんですけど、別に交代に対しては気にしていないんですが、ちょっと後半は個人っていうかチームとしてハマらなかったのかなという感じは受けています」
勝てそうで勝てない複雑な心境、指揮官も「パフォーマンスは間違いなく満足がいくもの」
あと少しで勝てそうなのになかなか勝てない。チームの優れたパフォーマンスを目の当たりにしているだけに、監督のディートマー・キューバウアーも複雑な心境だろう。
「結果には残念な思いがあるが、今日は悪いチームが負けたわけではない。ザルツブルクとの試合はいつも拮抗した試合になる。だがサッカーは結果で競うスポーツだ。彼らはチャンスを生かし、我々にもいいチャンスがあったが、ボールはゴールに入っていくことはなかった。勝つためにはゴールが必要なのは言うまでもない。とはいえ、だ。今日チームが見せてくれたパフォーマンスは間違いなく満足がいくもので、批判すべきことはない」(キューバウアー監督)
ファンの受け止め方も同じだった。試合後にスタジアムを包んでいた空気感は失望感よりも、健闘を称える声援のほうが圧倒的に多かった。全力で戦ったチームを受け止める。そしてともに戦う姿勢を表す。それがファンのあるべき姿だ、と。記者席近くではぶかぶかのユニフォームを身にまとった小さな子供たちが、あらんばかりの力で拍手を送っていた。
中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。