鎌田大地を突き動かす飽くなき野心 挫折からスタートしたフランクフルト6年間の軌跡
【現地発コラム】無骨で無愛想な表情、でも実は根っからの話好きな男の実像
2017年6月25日。ドイツ1部ブンデスリーガのフランクフルトへの完全移籍が決まった鎌田大地は、自身が所属するサガン鳥栖のホーム、ベストアメニティスタジアム(現・駅前不動産スタジアム)で先制点をアシストして勝利した浦和レッズ戦の試合後セレモニーに臨んでいた。敗戦した浦和の選手たちが粛々とミックスゾーン取材をこなしているなか、鎌田がピッチの真ん中に立ってファン・サポーターへ挨拶をしている。アウェー側のミックスゾーン(取材エリア)で最後の1人となった阿部勇樹(現・浦和ユースコーチ)が話を終えて引き上げる最中にポツリと一言呟いた。
「鎌田、ずっとしゃべってるね」
肌感覚的に、おそらく当時の鎌田はセレモニーで20分近く話していたように思う。彼としては野心的に海外挑戦を期するなかで、プロサッカープレーヤーとして成長する場を与えてくれた鳥栖のコミュニティー全体に感謝の意を述べたい気持ちが強かったのだろう。だが、無骨で無愛想な表情を崩さない鎌田は実は、根っからの話好きなのだ。ドイツで取材活動して彼から話を聞いている今、それを確かに実感している。
2017年夏にフランクフルトへ加入した直後の鎌田は当時のニコ・コバチ監督からそれなりの期待を寄せられていたように思う。その証拠に、このシーズンの公式戦初戦となったDFBポカール(ドイツカップ戦)1回戦・TuSエルンテブリュック戦に先発出場し、続くブンデスリーガ第1節のフライブルク戦でもトップ下のポジションでスターティングメンバーに名を連ねた。しかし、この試合で後半22分に途中交代してからはチーム内の序列が下がってベンチ外が多くなり、結局ドイツでの海外初年度はリーグ戦3試合、カップ戦1試合の出場にとどまった。
シント=トロイデンへのレンタルがドイツでの躍進の礎に
ドイツに渡った直後は周囲とのコミュニケーション構築に苦しんだと自ら明かしている。今となっては日常生活を送るうえで支障のないドイツ語を介せるが、当初はさすがに語学力が追いつかず、それが人間関係構築の妨げになったのは間違いないだろう。
その意味では海外2シーズン目にベルギー1部シント=トロイデンへレ期限付き移籍したのは英断だった。シント=トロイデンは日本企業のDMMグループが経営権を所有し、多くの日本人選手がチームに在籍している。鎌田が移籍した2018-19シーズンはDF冨安健洋(アーセナル/イングランド)、DF小池裕太(横浜F・マリノス)、MF遠藤航(シュトゥットガルト/ドイツ)、MF関根貴大(浦和レッズ)、FW木下康介(京都サンガF.C.)と、鎌田以外に5人の選手が所属していたし、クラブ内には日本人スタッフも何人かいた。
環境さえ整えば、鎌田の潜在能力は一気に引き出される。最前線のFWで起用された鎌田はこのシーズン、リーグ戦34試合に出場して15得点、カップ戦でも2試合1得点という申し分ない数字を残して勇躍。フランクフルトへ帰還することになった。
その後、ドイツでの再挑戦を期した鎌田は数々の逆境をはねのけて主力へのし上がった。
鎌田がフランクフルトへ復帰した2019-20シーズンからチームを率いたアディ・ヒュッター監督は彼にトップ下のポジションを与えた。プレーインテンシティーの高いブンデスリーガでは最前線で相手の標的になってねじ伏せられる懸念があったが、セカンドトップで構えた鎌田はある程度のプレースペースを享受するなかでスピード&パワーを兼ね備える味方選手を上手くコンダクトしてチーム全体の攻撃に機能性をもたらす。
特に当時のチーム最大のストロングポイントだった右サイドアタッカー、フィリップ・コスティッチ(ユベントス/イタリア)とのホットラインが確立された点は鎌田自身の存在価値をも高める結果にもつながった。ヒュッター監督が志向するチームスタイルはハイプレス、もしくは高速トランジションからのカウンタープレーが幹で、一見すると中盤でプレーする鎌田の頭上をボールが行き交うだけのように見える。鎌田自身も当初は中盤省略のチーム傾向にやりにくさを感じていたようだが、これもボール保持能力に優れる鎌田からコスティッチへのキーパス供給という形でチームコンセプトと絶妙にマッチした。
ドイツ国内で「ゲームチェンジャー」として高評価
Jリーグでプレーしていた時代の鎌田は自身の周囲スペースだけを活用するスモールパッケージなアクションが目立ったが、今は長短織り交ぜたパス&フィードで戦況を一変させるプレーをむしろ好んでいる。これはヨーロッパへ渡ってからの彼が新たに会得したハイレベルなスキルであり、ドイツ国内でも「ゲームチェンジャー」として高く評価されている一面である。
また、鎌田のウィークポイントとされたフィジカルコンタクト強度も改善された。もちろん根本的な身体的フィジカルも向上しただろうが、それ以前に、彼は相手の力を逆利用する“作用点”の構築が上手い。例えば相手がガツンと当たりに来たタイミングで前方を向き、その衝撃を利用してドリブルで前進していく。あるいは相手にチャージされる直前に体軸をずらし、柔道の投げ技のように相手をピッチへ転がしてしまう。まともにぶつかり合わなくてもプレーインテンシティーの高い舞台で戦えることを証明した彼は、これでシーズン全般に渡って常時試合出場できる素地を築き上げた。
また、鎌田はドイツ国内にとどまらずヨーロッパシーンでもセンセーションを巻き起こした。2018-19シーズンにDFBポカールを制覇したフランクフルトは翌シーズンにUEFAヨーロッパリーグ(EL)へ出場し、鎌田はそのグループステージおよび決勝トーナメント・プレーオフの計8試合で6得点をマーク(フランクフルトはラウンド16で敗退)。特にグループステージ第5節のアウェー・アーセナル戦で2ゴールしてチームの勝利に貢献した際に「ミスター・ヨーロッパ」と謳われ、その威光は2021-22シーズンに再びEL制覇に挑戦して見事にクラブ史上初の戴冠を果たした時まで一貫して轟いた。
ELでタイトルを獲得した直後、決勝戦の舞台となったスペイン・セビージャの「エスタディオ・ラモン・サンチェス・ピスフアン」に集結した味方サポーターが陣取るスタンドへ挨拶しに行った時、鎌田はのちにSNSで「初めて嬉しくて号泣しました」と明かした。
キャリアを有意義で価値あるものにするという飽くなき野心
純然たる成果を得て、紛うことなくチームに貢献できた自覚があったからこそ、彼は嬉し泣きにむせんだのだろう。ちなみに翌日にスペインから地元フランクフルトへ帰還して空港のタラップに降り立った彼は、テレビドラマ「西部警察」の大門圭介警部が着用していたような幅広のサングラスをかけて、茶目っ気たっぷりに斜に構えたポーズを取っていた。
フランクフルトは昨季からオリバー・グラスナー監督が指揮官に就任し、先述したEL制覇を成し遂げ、ブンデスリーガでも上位争いを展開できるようになった。また、そのチームスタイルも堅守速攻を基盤としながら、今季はFWランダル・コロ・ムアニ、MFマリオ・ゲッツェ、MFイェスパー・リンドシュトロームらが強力前線ユニットを形成してアグレッシブな姿勢をも醸し出すようになった。そんななかで鎌田は、グラスナー監督からボランチに抜擢されて新境地を開拓した。トップ下よりも後方で構える彼は一層自由なプレーエリアを享受し、ヨーロッパの舞台で覚醒させた広角かつ広範囲なプレーメイクを一層効果的に実践できるようになった。
そんな鎌田が、今季限りでフランクフルトとの契約を満了して新たなクラブでの挑戦を決めた。クラブから正式なアナウンスがあったあとも、彼の次なるステージはさまざまに憶測されている。しかし、そんななかでも当人は今、ベンチに回ることなく試合出場を続け、残りのブンデスリーガ、そして準決勝に勝ち上がっているDFBポカールのタイトル制覇に向けて日々邁進している。その高潔な精神はフランクフルトで過ごした約6年というかけがえのない日々への感謝と、これからも続く自身のプロキャリアを有意義で価値のあるものにするという飽くなき野心に基づいている。
今季ここまではリーグ戦27試合で7得点、DFBポカール4試合で3得点、そしてUEFAチャンピオンズリーグ(CL)8試合で3得点。ここから如何に数字を積み重ねられるか。
「自分は、このチームで最高の時間を過ごせたと思う。これまでアイントラハトに貢献してきたのと同じく、このあとも、しっかり戦い抜きたいと思っています。うーん、最後にポカールが獲れたら最高ですかね」
異国の地でのコミュニケーション構築に苦しみ、その国独自のサッカースタイルに戸惑い、いくつかの挫折を味わった若武者が毅然とした態度を崩さないでいる。雄弁にして自信に満ちあふれた鎌田が、フランクフルトというクラブに、このチームを愛するファン・サポーターに、今季最後の歓喜をもたらそうとしている。
(島崎英純/Hidezumi Shimazaki)
島崎英純
1970年生まれ。2001年7月から06年7月までサッカー専門誌『週刊サッカーダイジェスト』編集部に勤務し、5年間、浦和レッズ担当を務めた。06年8月よりフリーライターとして活動を開始。著書に『浦和再生』(講談社)。また、浦和OBの福田正博氏とともにウェブマガジン『浦研プラス』(http://www.targma.jp/urakenplus/)を配信しており、浦和レッズ関連の情報や動画、選手コラムなどを日々更新している。2018年3月より、ドイツに拠点を移してヨーロッパ・サッカーシーンの取材を中心に活動。