岩政監督が練習で見せた「完成形の夢」 鹿島が背負う“常勝軍団”でなければいけない宿命

鹿島の練習から見えたビジョンとは?【写真:徳原隆元】
鹿島の練習から見えたビジョンとは?【写真:徳原隆元】

【識者コラム】20冠を達成している鹿島は復活できるのか

 鹿島アントラーズは4月23日、J1リーグ第9節アルビレックス新潟戦で6試合ぶりに勝利を収めた。まだ13位とは低迷しているものの、2012年を除けば年間順位で2桁を経験したことはなく、これまで20冠を達成している王者の復活はあるのか。

 監督の仕事は多岐にわたる。戦略・戦術を考えるのはもちろん、チームマネジメントとしての戦力確保、選手のコンディション調整、選手やスタッフのメンタル面の把握、環境の整備など、目に見えない部分でも多くの仕事をこなさなければならない。

 それだけ多くの要素が絡み合う監督業であるが故に、理論派のサッカー解説者として評価されていた岩政大樹監督であっても、どこか1つの歯車が狂うと苦戦を強いられてもおかしくはない。だが、そもそも岩政監督はどういうサッカーを見せようとしているのか。

 それを知るには練習を見るのが一番だ。トレーニングが上手くいっているのか、トレーニングが試合に反映されているのか、反映されても勝てないのなら方向性が間違っているのか、あるいは選手が実現できないのか。どこに問題があるのかヒントを得るには練習場に行くことが大事になる。

 久しぶりの勝利を収めた新潟戦の次の練習は、試合日の翌々日になった。急きょ練習開始が午後に変更になったものの、トレーニング場には約100人のファンが詰めかけ、チームの一挙手一投足を見守る。

 練習開始から30分ほどは室内でミーティングが行われていた。GKコーチに続いてピッチに飛び出してきたのは岩政監督。選手が来るまでピッチ状態を確かめるように自分でボールを蹴ってみる。

 多くのチームで、試合の次のトレーニングは「リブート」のフィジカル中心のメニューが組まれる。2007年から3連覇を果たした時のオズワルド・オリヴェイラ監督は「試合後24時間はボールを蹴らせない」という方針の下、時に選手は15分ほどピッチに現れただけで室内に消えていくこともあった。

自動降格が1チームだけの今季は挑戦するにはいい状況

 だが、この日の鹿島はまるで違った。試合の前々日の練習でもおかしくないような内容だったのだ。

 岩政監督がピッチに現れた5分後から選手も登場し始め、10分後にトレーニングがスタートした。5分ほどのステップワークのあと、すぐにダミー人形やポールを使ったボールの動かし方のトレーニングに移る。複雑な動きだが、選手がすぐに対応したのは事前にしっかりと説明されていたからだろう。

 20分のウォーミングアップが終わると、いよいよ岩政監督の出番となった。ピッチの上にダミー人形を立て、「シャドープレー」と呼ばれる、選手の動き方を確認する練習が行われる。

 監督が「ビデオで説明したことを思い出せ」と言っており、トレーニング前に選手の動きが非常に細かく指示されていたことが分かった。守備ラインからどうボールを動かすのか、選手の動きはどうなるのか、たくさんのポジションが一度に絡み、攻撃の形を作り出していく。もっとも次の対戦相手を強く意識した動きと言うよりも、自分たちが目指したい方向性を植え付けるための内容に見えた。

 その練習から「タブ付きダブルボックス」という、ペナルティエリア(ボックス)を2つ、やや間を開けて並べ、GK含めた6人対6人の強度の高い練習を行って、全体練習は1時間で終了。そこから個人やグループでのトレーニングに移行して三々五々終わりを迎えた。

 この日の練習だけでも、岩政監督は新しいチャレンジをいくつも行っているのが見て取れた。

「リブート」の1日をこの日のトレーニングのような内容で置き換えることができれば、戦術練習の時間を増やすことができる。ピッチの上でのウォーミングアップの短さも特徴的だった。全体が緻密に連動した動きは、スムーズにできるまでは難しいかもしれないが、でき上がってしまえば攻守において主導権を握ることができる。そしてそんな完成形の夢を来ていたファンの人たちにちゃんと提示していた。

 多くの要素がこれまでの「常識」とは違っている。鹿島のようにレベルの高い選手でないと理解が難しいだろう。そして監督という職業が「短期で成績を出す」ことだけにフォーカスされるならば、このやり方はあまり適していないはずだ。

 しかし、「もしも成功したら」という夢はある。幸いにも今年は降格が1チームだけ。ある程度の失敗をしても最悪の事態は免れられる可能性は例年よりも高い。となると挑戦するのにはいい状況だ。

 それでも今、岩政監督に求められるのは「ジャンプする前のしゃがむ時間」をどれだけ短くできるかということだ。「常勝アントラーズ」でなければいけないという宿命と、「未来を作る」というビジョンとの狭間にチームはいるのかもしれない。

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森 雅史

もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。

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