町田×秋田の誤審騒動に見る日本の審判の実情 現状でベストの解決策とその条件は?
【コラム】J2にGLT、VAR、追加副審の導入が選択肢となるが…
4月8日に行われたJ2リーグ第8節、FC町田ゼルビア対ブラウブリッツ秋田で大きな誤審が生まれた。ボールがゴールに入ったにもかかわらず、得点が認められなかったのだ。当日試合を取材して該当シーンを目の当たりにした者として、この場面について考察しておきたい。
前半8分、秋田FWの青木翔大がハーフライン付近からロングシュートを放つ。町田GKポープ・ウィリアムは戻りながら上に弾くが、ボールはそのままゴールの中へ。ポープが仰向けに倒れながらもう一度ボールに触ると、ボールはゴールの中から外に出る。この一連の事象に対して、山本雄大主審は得点を認めなかった。
記者席から見ていると、ボールがゴールの中に入ったのははっきり分かった。だが、主審と副審はどうだったか。
主審はシュートが放たれた瞬間、ハーフライン寄りも秋田陣内にいた。副審は町田のオフサイドラインに付いていたため、センターサークルからやや町田陣内に近い位置にいた。シュートに反応してゴールラインまでダッシュしたが、当然間に合わない。
つまり、主審も副審もゴールインしたかどうか判定できる場所にはいなかった。特に、副審はボールとの間にポープが倒れていたため、余計に見ることは難しかったはずだ。記者席のように高い位置からなら分かっただろうが、ピッチの上からなら判定できるはずがなかった。4人審判制の限界を示したと言えるだろう。
では、この場面を正しく判定するためにはどうしたら良かったのか。
考えられるのは、GLT(ゴール・ライン・テクノロジー)、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)、追加副審の導入ということになるだろう(VARが未導入のリーグだからと、別の動画で確認することは許されていない)。
まずGLTは、導入が難しい。設備を設置するために屋根の存在などさまざまな条件がある。町田GIONスタジアムは導入条件に合致していないし、例えばJ1でもサンフレッチェ広島や湘南ベルマーレなど導入不可能なスタジアムが存在する。そのため、リーグ全体で導入しようとするのは無理だ。
次にVARはどうか。昔、JリーグへのVAR導入が検討されていた時、全体の設備費を除いて1試合あたり100万円の費用がかかると言われていた。J2は1節あたり11試合なので各節1100万円、リーグ戦42節で最低でも4億6200万円の費用がかかる。J1へのVAR導入時点で年間10億円のコストと言われていたので、同額程度以上は見込まれる。
この費用を負担するのは当然Jリーグになる。そのJリーグの2023年度予算は、予算の段階で当期経常増減額がマイナス7億5700万円。さらなる負担は現実的ではない。また、VARを担当する審判を増員するための育成も必要となってくる。
J2に追加副審2人を置くと審判員が足りない
では、追加審判の導入が一番現実的なのだろうか。
まず人件費については、「悲しいことに」一番安く上がる。なぜなら日本の審判員の報酬は非常に低いからだ。スペイン1部のリーガ・エスパニョーラでは主審が1試合あたり6000ユーロ(約87万円)、副審は3000ユーロ(約44万円)なのに対し、日本はJ1で主審が12万円、副審は6万円。J2になるとその半額なので副審は1試合3万円になる。
すると1節11試合に追加副審2人ずつを手配して、人件費は66万円。1シーズン42節で2772万円とVAR導入に比べると大幅に安く済む。
この審判員の低い報酬(J1で34節毎試合主審として笛を吹いても408万円)に関する問題は一旦置いておいて、そのほかに問題は2つ存在する。それは、J2に追加副審2人を置くことになると審判員が足りないということだ。
追加副審を入れると1節あたり22人の審判員が必要になる。だが審判員はプロでない人も多いため、毎節担当できるとは限らず、そのため30人から35人の人材確保が必要となるだろう。その数は現在の1級審判員だけではまかなえない。ここでも人材育成の問題が出てくる。
さらに、追加副審ではテクノロジーの導入と違って誤審が生まれるのだ。今回の件は対応可能だったかもしれないが、もしもっと早いシュートが来ていたのなら、追加副審がゴール判定をするポジションを取るのに間に合わない。そういう問題もあり、過去に追加副審を導入したリーグでも取りやめたり、テクノロジーに置き換えるケースが相次いだ。
つまり解決策としてはVARの導入が一番だということになる。そしてそのためには、J2のために年間10億円程度をVARに使っても十分ペイできるくらい、J2の各チームが集客できるようリーグの価値を上げなければいけない。
秋田陣営は「すべての手本となるべき態度だった」
そこまでの過程では、この4人審判制で続けなければいけないだろう。そして4人審判制では今回の事例に対応できないという限界がある。
もっとも、イングランドのFA(フットボール・アソシエーション)が創設された1863年からVARが初導入された2016年まで、サッカーは150年以上の歴史をビデオ判定なしでやってきた。当初は審判がいないなかで始まったスポーツなのだ。
判定ミスもシュートミスなどと同じように、サッカーの一部として受け入れてきた精神を続けるというだけの話でもある。それにVARを導入しても判定ミスが起きるというのは、最近のプレミアリーグを見てもいくつも事例が生まれている。
今回の件は残念な出来事ではあったが、片方で素晴らしい場面も生んだ。秋田ベンチの対応は大きく称賛されて然るべきだろう。ベンチは「DAZN」の映像からゴールだったことを確認できたに違いない。だが冷静な態度を崩さず、審判への非難もなかった。
それは現状の限界を知っていたからのはずだ。そしてミスを受け入れるスポーツがサッカーだということをよく理解していたからだろう。すべての手本となるべき態度だった。
森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。