J2リーグで“誤審疑惑、“人間の限界”を元主審・家本氏が指摘 「現場のレフェリーは苦しんでいる」
【専門家の目|家本政明】審判視点の話や、現実的な課題を家本氏が指摘
4月8日に行われたJ2リーグ第8節FC町田ゼルビア対ブラウブリッツ秋田(0-1)の一戦で、秋田側のシュートがノーゴール判定とされたジャッジが話題を呼んだ。このシーンに関して、元国際審判員・プロフェッショナルレフェリーの家本政明氏は今後の対応策や改善への道について持論を展開している。(取材・構成=FOOTBALL ZONE編集部・金子拳也)
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事の発端は0-0で迎えた前半8分、秋田の攻撃チャンスの場面だ。秋田FW青木翔大がハーフウェーライン付近から右足でロングシュート。およそ50メートル先のゴールに向かったボールに対し、町田GKポープ・ウィリアムが手に当てるもボールはゴール内側へ。最後はポープ・ウィリアムが手で掻き出した。
山本雄大主審はノーゴールと判定し、プレーはそのまま続行されたが、スロー映像で確認すると、ゴール内でポープ・ウィリアムが手で掻き出していた地点がゴールラインよりも内側に映っている。ゴールラインを完全に越えたように見え、SNS上を中心に物議を醸した。秋田側もJリーグに対して正式文書提出を発表するなど、波紋を広げている。
家本氏はまず、秋田が出した正式文書について、レフェリーへのリスペクトも含めた声明を「本当に素晴らしいと思いました。競技規則には『判定が正しかろうと間違っていようと、主審と主審の下した判定をリスペクトすること』と明記されているのですが、まさにこういうことだと。秋田の選手や監督、クラブとしての対応はもっと称賛されてほしいです」と絶賛。そのうえで、判定について審判目線で見解を示している。
前提として、「レフェリーには判断できるものと、判別不能のものがある」と人間が判定する限界もあると家本氏は指摘。秋田のシーンでは「不快な思いをされた方々の気持ちも十分わかりますが、残念ながらあの状況で現場のレフェリーが、ボールがゴールに入ったかどうかを正確に認識することは不可能です」と4人の審判団での判別が厳しかったことを主張した。
「もちろん、ゴールが認められなかったのは事実ですごく残念です。秋田の選手のゴールは本当に素晴らしいものでした。しかし、人間である以上ミスや認識できないことは誰にでもあります。この事象では、副審側にゴールキーパーの身体が流れ、ボールを隠してしまうなど、審判団にとっていろいろな不幸が重なってしまいました。レフェリーは我々が見たような高い位置からの映像を試合中自由に見ることができません。SNS上で出回っている映像を見て、レフェリーを批判するのは違うと思います」
この試合を担当した山本レフェリーは、2019年5月17日のJ1リーグ第12節の浦和レッズ対湘南ベルマーレ戦(2-3)でも主審を務め、その際にも湘南側のゴールを“ノーゴール”と判定したシーンが賛否を呼んだ。家本氏によると当時、試合後にJリーグが研究機関に依頼し、CGで主審アングルと副審アングルの映像を作ったという。あの秋田のゴールが現場の審判にどのように見えていたのかをみんなが知ることができれば、「これってやっぱり無理だよねと視覚を通じて理解することができる」と家本氏は持論を展開している。
「4年前のように、該当シーンと同じ状況をカメラなどで撮った“検証映像”のようなものをJリーグや日本サッカー協会審判委員会などが公開すれば、あの瞬間にレフェリーや副審が見ている景色が可視化されます。検察の事件に対する現場検証のようなイメージです。”審判を守る”というのは、こういうことをやってその情報を多くの人に発信して理解を得ることだと個人的には思っています」
レフェリーを守るために現状早急にできるのは「追加副審システムだけ」
家本氏は、レフェリーを守るためにも納得感のある映像の提供が必要だと語った。では、J2以下のカテゴリーでのVARやゴールラインテクノロジーなどの導入はどうなっているのか。
「VARやゴールラインテクノロジーは、時間、コスト、環境、人員的にも設置するためのハードルの高さが“SS”です。特にゴールラインテクノロジーは、スタジアムの構造上無理な場合もあります。今、時間をあまりかけずにできるのは追加副審システムだけです」
追加副審システムはVARがJ1に導入される以前、一時期採用されたことがある。家本氏は「世界的にはテクノロジーへ移行している傾向があり、採用している国はほぼないですが、やってはいけないことはないはずです」と世界的なトレンドも加味しつつ、「人間には解決できないことがあるにも関わらず、現在は対策が打たれていません。本当に現場のレフェリーは大変なんです。苦しんでいるんです。そのことをもっと多くの方に分かってほしいですし、何かあるとすぐに現場が叩かれてしまう現状の仕組みを、今後どう改善するかを組織が大至急考え、具体的な解決策を打つことで、フットボールはみんなにとってもっと魅力的なスポーツになると思います」と早急な対応の必要性を指摘していた。
家本政明
いえもと・まさあき/1973年生まれ、広島県出身。同志社大学卒業後の96年にJリーグの京都パープルサンガ(現京都)に入社し、運営業務にも携わり、1級審判員を取得。2002年からJ2、04年からJ1で主審を務め、05年から日本サッカー協会のスペシャルレフェリー(現プロフェッショナルレフェリー)となった。10年に日本人初の英国ウェンブリー・スタジアムで試合を担当。J1通算338試合、J2通算176試合、J3通算2試合、リーグカップ通算62試合を担当。主審として国際試合100試合以上、Jリーグは歴代最多の516試合を担当。21年12月4日に行われたJ1第38節の横浜FM対川崎戦で勇退し、現在サッカーの魅力向上のため幅広く活動を行っている。