チェルシーは「中途半端」 “アブラモビッチ後”の理想像、英在住記者が提言「リバプールはハッピーになった」【現地発】
【対談後編】“チェルシーウォッチャー”歴25年以上、現地日本人ジャーナリストに訊くクラブの今
イングランド1部チェルシーは今季、新オーナーの米実業家トッド・ベーリー氏とともに“新時代”を迎えた。とはいえ、その船旅は順風満帆とは言えず、混迷が続いている。
クラブは昨年9月にトーマス・トゥヘル監督を解任すると、ブライトンをプレミア中堅に押し上げたグレアム・ポッター監督を招聘。ところが、ポッター体制はわずか7か月で終焉を迎え、現地時間4月6日にはフランク・ランパード氏の暫定監督就任が発表されている。
47歳の英国人青年指揮官と5年の長期契約を結んだものの短命に終わった理由を現地で25年以上に渡りチェルシーを追い続ける日本人ジャーナリストの山中忍氏は、ポッター監督が“ビッグクラブ初経験”であった事実と冬の大型補強で自らが標榜するサッカーが見えなくなった点にあると今コラムの前編で分析した。
では、クラブは今回の経験から何を学び、それをどう生かすべきなのか——。山中氏との対談の後編ではチェルシーの未来を探る。
ファンの支持率低下に耐えられなくなったクラブ
森 今冬の移籍市場だけでも3億3000万ポンド(約547億8000万円)を使った一方、ここには長期政権を目指して若手有望株を集めるというポリシーがあったわけですよね。しかし結局、ポッターを解任してしまったことでクラブが目指した理想はすごく中途半端な形で頓挫したことになったことになります。
山中 一番中途半端だったのは特にこの1か月半くらいの間、長期政権を任せるはずだったポッターに指揮を取らせる必然性がなくなってしまったことでしょう。それはポッターがブライトンで成功したスタイルをチェルシーで再現しようとするより、目の前の結果を追い始めたことに起因すると思う。自分のスタイルを構築したいのか、結果を出したいのか分からなくなってしまった。試合を見ていて、監督の意図が伝わってこなくなったしまったんですよね。これではポッターに監督を続けさせる意味がなくなってしまった。
森 「悪循環、ここに極まる」という状況になった?
山中 そうですね。オーナーにとっても自分が連れてきた若い監督を切るのは屈辱だったと思います。ただ、ポッター解任には“ファン離れ”も大きく働いた。ポッター就任後の支持率は五分五分だった気がします。それが最近だと「ポッター辞めてくれ」という声が明らかに過半数を越えてきていた。
森 確かに、支持率の低下とそれによるファン離れはクラブにとって痛い。
山中 そう。やっぱりオーナーも人間であり経営者。監督への支持率低下とともに自分たちの支持率も下がってしまっては困る。だからシーズン終盤というタイミングであっても、ファンの支持をこれ以上失うくらいなら、迷いながら続投させるより潔くここでポッターを切る。今回の監督人事から多くを学び、次につなげる。クラブがそういう結論を導き出しても不思議ではありません。
森 なるほど、その経営陣の思考回路は聞いていてすごく納得できます。クラブ経営の理想は、現場やサポーターとともに一枚岩でまとまること。特にサポーターからの支持は、クラブを経営するうえで生命線ですから。今回の解任報道のなかには、SNS上にチェルシーファンによる「やっと(ポッターを)辞めさせたか」という投稿が集中したというものもありました。残酷ですが、ポッターには脅迫状も届いていたそうで。
もちろんこうした卑劣な脅迫は許されませんが、嫌がらせが監督本人に届くようになると、さすがに政権の末期という印象も強まった。チェルシーで成功したいという思いはもちろん強かったと思いますが、死の脅迫に悩まされていると会見で訴えたポッターの姿を見るとさすがに限界だったのではないかと。SNSが発達した現代ではなおさら、メンタルヘルスを維持することが難しかったでしょう。オーナーも新路線を主張して自ら連れてきた監督でしたが、ここまで状況が悪化してしまうと、切らざるを得なくなった。ただし、アブラモビッチ氏ならとっくの昔に解任したと思いますけど。
山中 いや、アブラモビッチ氏ならそもそもポッターを雇っていない(笑)。
「優勝争いはできなくなるかもしれないけど、ハッピーなクラブになれたらいい」
森 クラブはポッターの監督就任から解任に至るまでの経緯から何を学び、将来にどう役立てればいいのでしょうか?
山中 今回のポッター解任を受けて、英メディア上ではやっぱりアブラモビッチ時代となにも変わらないという声が大きい。けれども、クラブが本当に新時代を構築したいという気持ちを抱いているなら、ポッターはダメだったけど次の監督も長期展望に基づいて選んでほしいと思います。
ポッターに一番足りなかったのは、強化担当が連れて来る選手を上手く使えなかったこと。けれども今回の解任で、クラブはこれこそチェルシーの監督に必要不可欠な能力だと実感したはずです。連れてきた即戦力をチームとしてまとめることができる監督。そのうえで長期に渡って任せられる若さやキャラクターを考慮して、焦らずに来シーズンに間に合うように選んでほしい。そうすればこのトッド・ベーリー新体制にも望みがあると思うし、ファンとして見守ることができます。
森 ある意味、オーナー就任と同時にジョゼ・モウリーニョを連れてきて大成功したアブラモビッチとは真逆のスタートになりました(笑)。将来的には真逆で、ハッピーエンドになる可能性は?
山中 次の監督選びが大変でしょうね。本当に難しくなると思う。これまでのチェルシーなら、「とにかくトロフィー獲ってくれって」ってスタンスでビッグネームを招聘したと思いますけど。
森 フランク・ランパード暫定監督が発表される前だと、メディア上ではユリアン・ナーゲルスマンが本命。ブックメーカーのオッズを見ても1.3倍でダントツでした。2番人気はマウリシオ・ポチェティーノで4.5倍です。
山中 ナーゲルスマンはスタイル的にハマらなくはないと思いますけど、でもそこは慎重に選んでほしい。確かに、若手中心の補強を続けてそこに成長が望める35歳の監督を連れてくるのは、新オーナー陣が思い描く長期的展望とマッチします。しかも、チェルシーの補強担当幹部2人はドイツ1部RBライプツィヒ出身なので、ナーゲルスマンが本命だったとしても不思議ではありません。
森 とすると、ナーゲルスマン招聘は現アーセナル指揮官、ミケル・アルテタに重なるものがある。2、3シーズン後に花を開かせる根気があればいけるのでは?
山中 本当にそう思いますね。アブラモビッチが去った直後に、元チェルシーのパット・ネヴィンがラジオで喋っていたことで、僕がそうだなあと強く同感した言葉があります。パットは「アブラモビッチ時代が終わって、過去20年間のように優勝争いはできなくなるかもしれないけど、ハッピーなクラブになれたらいい」と言ったんです。
パットの言葉が胸に響いたのは、アブラモビッチ時代には競争力があった一方で、ファンに愛された監督が冷酷に切られてしまったこともあったからです。それは、戦績と引き換えに“精神性”を失うことでもあった。チェルシーは強いクラブではあったけれど、ハッピーなクラブではなかったと思います。
それこそ、ここ5年間のリバプールはユルゲン・クロップを中心に現場とファン、経営陣が1つにまとまり、本当にハッピーなクラブになった。勝ち取ったトロフィーの数以上に幸福をファンにもたらしたと思う。だから、若い才能ある監督が長期政権を築きつつ、有望株の選手が順調に伸びて強いチームが生まれたら、チェルシーもハッピーなクラブになるのではないかと。そのためなら、少なくとも今後2~3年の間、何も勝ち取れないという状況が続いてもファンも経営陣も耐えるべき。そうでなければ、アブラモビッチ時代が終わった意味がなくなってしまいます。
[プロフィール]
山中 忍(やまなか・しのぶ)
1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時に見は訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。
(森 昌利 / Masatoshi Mori)
森 昌利
もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。