Jリーグが開けた“パンドラの箱”「日本のファンは本当に望むのか?」 元欧州リーグ協会事務局長が「欧州の真似」を危惧する訳

30周年を迎えたJリーグ【写真:徳原隆元】
30周年を迎えたJリーグ【写真:徳原隆元】

【識者コラム】欧州クラブに身を置くモラス雅輝氏がJリーグの方向性を懸念

 モラス雅輝氏は16歳でドイツに留学し、その2年後には故障をして指導者に転身すると以来20年間以上も欧州で活動を続けてきた。現在はオーストリア2部のザンクト・ペルデンのテクニカル・ディレクター(TD)を務めており、結局日本で浦和レッズとヴィッセル神戸で仕事をした以外の期間は、ずっと欧州に身を置いてきた。

 最初は1年間で帰国するはずだった欧州滞在がこれほど延びたのは「現地のバックグラウンドが楽しかった」からだそうで、「友達がたくさんできたし、夜ごはんを食べながらチャンピオンズリーグ(CL)を見られて、電車に乗ればいろんな言葉が聞こえてくる多様性」が気に入った。

 サッカー文化が浸透した欧州に長く住み、日本が学んでほしい部分とともに、逆に改めて日本の良さも実感した。

 そのうえで、今、最も懸念しているのが、Jリーグの方向性だと言う。

「優に1000を超えるクラブが加盟する欧州リーグ協会のゲオルグ・パングルという前事務局長は、オーストリア人でとても懇意にしています。彼は『Jリーグは絶対に欧州の真似をしてはいけない』と、いつも話していました」

 パングル前事務局長が危惧していたのは、これまでJリーグが同じカテゴリーのクラブには平等に分配していた放映権料を、結果配分への変更に踏み切ったことについてだった。欧州リーグ協会は、ビッグクラブのみを代表する欧州クラブ協会へのアンチテーゼ的な組織で、一貫して中小クラブの意向も代弁してきた。それだけにパングル氏は、力説していたそうである。

「我々は常々いろんなクラブに優勝のチャンスが巡ってくるJリーグの状況を羨ましいと思ってきた。欧州では完全に舵の取り方を間違えた。結果を出したクラブに大きな割合の放映権料を与え続けたことで、人工的なビッグクラブを創ってしまったんだ。あれはパンドラの箱。1度開けてしまったら終わりだ。日本のファンは、本当にバイエルンが10連覇をするようなリーグを望むのか?」

欧州トップリーグで顕著な限られたクラブの寡占状態、強引な一極集中への誘導に疑念

 実際今の欧州のトップリーグでは、限られたクラブの寡占状況が顕著だ。ドイツではバイエルン・ミュンヘンが10連覇を果たし、イタリアではユベントスが9連覇を達成。ASローマが今世紀最初のスクデットを獲得したが、以後ユベントス、インテル、ACミラン以外の優勝チームは出ていない。スペインも2005年以降は、FCバルセロナ、レアル・マドリードの2強にアトレティコ・マドリードが2度割って入っただけで、イングランドでも21世紀に入りトロフィーがロンドン(アーセナル、チェルシー)とマンチェスター(ユナイテッド、シティ)以外の場所に渡ったのは2度(15~16シーズンのレスター・シティ、19~20シーズンのリバプール)だけだ。そんな状況に身を置くからこそモラス氏は憂う。

「僕が2009年に浦和のコーチをしていた時に、(アルビレックス)新潟が将来Jリーグを制して、さらにACL(AFCチャンピオンズリーグ)のタイトルも獲る夢を掲げていました。でもこのまま競技の結果や観客動員に応じて放映権料を分配していたら、地方のクラブは大きな夢を語ることさえできなくなってしまいます。ドイツの実情を見ても、当然第二勢力は分配金を平等に戻してほしいと思っているし、一方でリーグの仕組みのせいで、彼らには責任がないのにバイエルンを嫌う人たちも増えています」

 Jリーグは、結果を出したクラブを優遇すれば牽引車が生まれ、さらにはトップかトップグループがナショナルコンテンツに育つ未来を描く。確かにプロ野球では、かつて巨人に「V9」の時代があり、テレビ中継も含めて人気を独占していた。だが趣味嗜好も多様化が進む時代に強引な一極集中への誘導は無理があるし、そもそも地域密着を謳ってスタートしたJリーグでそれが幸福なのか、という疑念もある。

 Jリーグはパンドラの箱を開けた。しかし影響が現れるまでは、もう少し猶予がある。

(加部 究 / Kiwamu Kabe)

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加部 究

かべ・きわむ/1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。

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