「日本人選手は必ずしも安くない」 最初の欧州移籍で“満額請求”の非常識と現地の本音「日本の選手が不利になる」

ドルトムントにとって莫大な利益となった香川真司のマンU移籍【写真:Getty Images】
ドルトムントにとって莫大な利益となった香川真司のマンU移籍【写真:Getty Images】

【識者コラム】オーストリア2部ザンクト・ペルデンTDのモラス雅輝氏が解説

 契約期間中の選手が移籍していく場合には、新しく獲得するクラブが設定された違約金を支払う。またFIFA(国際サッカー連盟)は、23歳の誕生日までに国際移籍を行なう際には、移籍元クラブがトレーニング・コンペンセーション(TC=育成補償金)を請求できる権利を定めている。従って一般的には、移籍していく選手を輩出したクラブは、違約金とTCを受け取って潤うのが常識的な構図だと受け取られているかもしれない。

 だが香川真司がセレッソ大阪からボルシア・ドルトムントへ移籍した時に支払われたのはTCだけ(当時のレートで4000万円未満)だった。ドルトムントへ移籍したのは、C大阪との契約満了時だったので違約金は発生しなかった。それが2年後にはマンチェスター・ユナイテッドに約16億円で売れたわけだから、ドルトムントは爆発的な利益を得た。

 さすがに最近は少なくともJ1レベルでは防衛策を講じるようになり、10代後半から20代前半で海外進出の可能性を秘めた選手たちとは複数年契約を交わすようになってきた。ただし最初は買い取りオプション付きのレンタル移籍も多いので、日本側の関係者からは「日本人選手はリスクも少なくお買い得」との声も聞こえてくる。

 しかし20年間以上も欧州に身を置き、現在はオーストリア2部のザンクト・ペルデンでテクニカル・ディレクター(TD)を務めるモラス雅輝氏は「日本人選手たちは必ずしも安くない」と指摘する。

「そもそも欧州全体で約90%の移籍が違約金ゼロで行われています。例えばオーストリア史上最高傑作と言われるダビド・アラバのバイエルン・ミュンヘンからレアル・マドリードへの移籍も違約金はありませんでした。逆に違約金がかかる残りの10%は、本当に限られた選手たちなんです。そこは日本も、もう少し欧州の現場で起きていることの情報を収集したほうがいいと思います」

最初のステップでは満額を望まない「それが欧州での一般的なやり方です」

 実際ザンクト・ペルデンのTDとして、モラス氏はメガクラブのアカデミーに所属する50人前後の選手たちから売り込みを受けたという。ちなみにザンクト・ペルデンは、ドイツ1部のボルフスブルクと業務提携を結んでおり、クラブで活躍すればステップアップの可能性も開けている。

「ほとんどが違約金、TCともにゼロという条件でした。例えば先日カメルーンのU-21代表選手が欧州のクラブに移籍しましたが、条件は変わりませんでした。アフリカの選手たちは、とにかくまず欧州へ進出したい。またメガクラブも、アカデミーで育った選手たちを1人でも多くプロにしたい。せっかく育成段階で投資をしてきた選手たちなので、少しでも回収をしたいし、プロになる選手が少ないと有望な素材が集まらなくなりますからね」

 アフリカ勢も欧州のメガクラブのアカデミー卒業生たちも、なんとかプロへの最初の一歩を踏み出したい。だからショーケースに陳列されるチャンスを掴むために、条件を度外視して必死に売り込んでいくのだという。

「最初のステップでは満額を望みません。その代わり次のステップで飛躍のチャンスを掴んだ場合には、フューチャー・セール(正式にはセル・オン・フィー)の収益を分担してもらう。それが欧州での一般的なやり方です」

整えるべき環境は? 「日本の高卒世代の選手たちが満額を請求していたら…」

 Jクラブでは、FC東京が長友佑都をセリエAのチェゼーナに移籍させた時に採った方法で、FC東京は長友がインテルに移籍した時の収益をチェゼーナと共有したそうである。

 改めてモラス氏は強調する。

「欧州メガクラブのアカデミー卒業生がほかのクラブとプロ契約をする場合、TCが支払われるケースはほとんどありません。ところがJFA(日本サッカー協会)は、TCを満額請求するように通達を出しました。メガクラブのアカデミー卒業生がTCゼロなのに、日本の高卒世代の選手たちが満額を請求していたら、日本の選手たちの移籍が不利になるのは明白です」

 Jリーグの経営規模は、欧州のステップアップリーグ(オーストリア、スイス、ベルギーなど)とほぼ変わらないそうだ。

「日本サッカーの発展のためにも、もっとこうしたリーグから学んだほうがいいと思います。具体的には、選手たちの最初のステップ(欧州進出)以外の部分で収入を得る環境を整えることが大切ではないでしょうか」

 欧州側目線からの貴重なアドバイスだった。

(加部 究 / Kiwamu Kabe)

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加部 究

かべ・きわむ/1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。

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