出番減のアーセナル冨安、“再起”に必要な要素を元選手&現地記者が指摘 「しっかりと失敗を認め…」【現地発コラム】

アーセナルでプレーするDF冨安健洋に再起を期待する声【写真:Getty Images】
アーセナルでプレーするDF冨安健洋に再起を期待する声【写真:Getty Images】

シティ戦で犯した痛恨のミス、現在のアーセナルにおける冨安の立ち位置とは

 イングランド1部アーセナルは現地時間3月1日、降格圏の18位に沈むエバートンとプレミアリーグ第7節延期分で対戦した。エバートンのショーン・ダイチ監督は、規律の高い守備を構築して接戦に持ち込むのが得意の指揮官。アーセン・ベンゲル時代から美しいパスサッカーを伝統とするアーセナルにとっては苦手な相手だ。

 案の定、キックオフ直後からホームのアーセナルが積極的に押し込んだものの、相手の堅固な守備に阻まれ決定機をなかなか作れない。ところが、前半40分にMFブカヨ・サカのゴールで先制点を奪って風穴と開けると、同アディショナルタイムにFWガブリエル・マルティネッリが2点目を奪い折り返す。後半はさすがのエバートンも士気が落ちてアーセナルに2点を献上し、最終的には4-0の大勝劇となった。

 首位固めにつながった勝利。しかし、この試合で日本代表DF冨安健洋がピッチに立つことはなかった。

 日本のサッカーファンが気になるのは、やはり現地時間2月15日に行われたプレミアリーグ第12節延期分のマンチェスター・シティ戦で犯したミスの影響だろう。この天王山でミケル・アルテタ監督は今季右サイドのレギュラーに定着していたDFベン・ホワイトに代えて、冨安を先発させた。1月末に行われたFAカップ4回戦では冨安が対峙したイングランド代表FWジャック・グリーリッシュをうまく抑えていたとはいえ、この起用はギャンブルとも言えた。

 そして周知の通り、前半24分に冨安はシティのグリーリッシュと競り合った場面で苦し紛れにGKへ勢いのないバックパスを送ると、ベルギー代表MFケビン・デ・ブライネがかっさらい先制点を挙げた。敵に塩を送る致命的なミスがきっかけとなってか、アーセナルはホームで優勝争いのライバルに1-3の手痛い敗北を喫している。

 試合後にアルテタ監督は自分が指導者になった7年間で「初めて見た」と語るなど、静かな怒りに包まれながら冨安のミスに言及している。以降、冨安は第24節アストン・ビラ戦で後半34分から出場、続くレスター・シティ戦では後半アディショナルタイムに出番を与えられると、ついにエバートン戦では出場機会がなくなった。

 果たして、現在のアーセナルにおける冨安の立ち位置はどのあたりになるのだろうか。エバートン戦直前にイギリスを代表するジャーナリスト2人とテレビ解説者1人に彼の現状について話を聞いた。

「今回の苦い経験を糧にしてまたレギュラーの座に挑戦してほしい」

 最初に言葉を交わしたのは、英紙「デイリー・ミラー」の主任ライターでアーセナル番を長年務めるジョン・クロス氏。昨年9月に英国フットボール・ライター協会会長に選出された重鎮記者で、「Arsene Wenger: The Inside Story of Arsenal」(アーセン・ベンゲル:アーセナルの真実)の著作でも知られる同クラブのスペシャリストである。筆者とは日本代表FW宮市亮(横浜F・マリノス)在籍時からの顔馴染みで、いつも穏やかな笑みを浮かべて挨拶を交わす英国紳士だ。ところが「冨安について聞きたい」と話を切り出すと、その表情からにこやかな微笑みがすっと消えた。

「あのミスからまだ2週間しか過ぎていないが、たしかに出場時間は減っているね。昨季加入してデビュー戦から存在感を示して即レギュラーに定着したが、怪我をしてホワイトにその座を譲り、今季は控えでスタートした。しかし徐々にまた存在感を示して、シティ戦で先発。そこで、あの致命的なミスを犯した」

 クロス氏は「精神的な影響がないとは言えない」と冨安のメンタルを案じる。先発レギュラーから一歩遠かったとは感じつつも、冨安の再起も期待している。

「また一から出直しという形になったと思う。しかし、知的で能力が高い選手。DFとしても24歳はこれからという年齢だ。今回の苦い経験を糧にして、アーセナルのためにもう一回り大きくなって、またレギュラーの座に挑戦してほしい」

 次に意見を聞いたのが、英高級紙「ザ・タイムズ」の主任ライターであるヘンリー・ウインター氏。なんとツィッターのフォロワー数は135万5000人にも上る、イギリスで最も発言力があると言えるフットボール・ジャーナリストだ。

 ちなみに寿司が大好物で、2002年の日韓ワールドカップ(W杯)取材の際には試合の合間に新幹線を駆使して全国を旅したというほどの日本通。ただし、サッカーに関しては純粋な“イングリッシュ”で、冨安の立ち位置をこう語った。

「イングランド代表を取材していることもあり、ホワイトがアーセナルのレギュラーに定着したことは喜ばしいと思っている。タケヒロは素晴らしいフィットネスの持ち主で、ファンタスティックな選手だが、ベンのほうがフィジカルはやや強く、右サイドでコンビを組むサカのサポートでも優っていると思う。だから今季はホワイトが定位置争いで一歩リードした。これはイングランド代表贔屓というわけではなく、フェアな評価だと思う」

 さらにウインター氏は、冨安がシティ戦で致命的なミスを犯したことで「精神面でもホワイトが優位に立った」と話す。一方で、クロス氏と同じく再起についても忘れない。

「左サイドバックもこなせて、ユーティリティー性の高いタケヒロはアーセナルにとって貴重な選手。今季はカタールW杯によってリーグ戦が中断したことで過密日程になるうえ、優勝争いが進むことで今後はますますチームに重圧がかかる。アルテタ監督にとって全選手が重要となる状況が生まれている。必ず出番はあるはずだ。次のチャンスを辛抱強く待ち、その時に結果を残して挽回してほしい」

「しっかりと失敗を認め、切り替えるしかない」

 最後に話を聞いたのがアイルランド人の元選手で、現在はテレビ解説者のアンディ・タウンゼント氏だ。

 タウンゼント氏は1980年にロンドン東南部郊外のウェリング・ユナイテッドでプロデビューすると、85年に当時強かったサウサンプトンに移籍。90年代にチェルシー、アストン・ビラ、ミドルズブラと渡り歩くなどプレミアで活躍しただけでなく、代表でも華々しい経歴の持ち主だ。70キャップを記録し、W杯は1990年のイタリア大会と94年のアメリカ大会の2度出場。アメリカ大会では主将も務めている。引退後は2015年まで英民放「ITV」のメイン解説者を務め、現在は英衛星放送「BTスポーツ」や英ラジオ局「talkSPORT」、英公共放送「BBC」のラジオなどに出演し軽妙かつ的確な語り口で人気だ。当然ながらイギリスでは知名度が高いサッカー人の1人である。

 タウンゼント氏はまず冨安について、「非常にアスレティックな選手」と率直な印象を語る。そして日本代表DFの現状をこう続けた。

「昨季に加入すると、すぐにインパクトがある活躍をしたね。彼のプレーを見るは楽しみだよ。しかし(昨季の半ばに)怪我をして、今季はホワイトが右SBのレギュラーに定着した。冨安にとっては平坦ではないシーズンになっている。でもマンチェスター・ユナイテッド戦の後半にいいプレーをして、シティ戦で先発した。そこであのバックパスのミスがあった」

 やはり、タウンゼント氏もあのバックパスについて触れないわけにはいかなかったようだ。一方で、元選手らしい視点で“冨安復活”の鍵についても語ってくれた。

「困難な時期を迎えていることは事実だろう。いいかい、けれどもプレミアリーグに来た選手が初めから活躍して、その後ちょっとしたスランプに陥ることは珍しいことではないんだ。たしかに出場機会を減らしてはいるが、今の冨安に必要なことはまずあのミスを忘れてリラックスすること。そして気持ちを新たに集中する。冨安はいい選手だよ。今でもアーセナルにとっていい補強だったと思っている。気持ちを切り替えることができればまた出場機会が与えられるはずだ。サッカー選手にミスはつきもの。誰もがミスをする。ただし、しっかりと失敗を認めることも大切だ。切り替えるしかない。もちろんDFのミスは失点に直結するケースもありトラウマにもなるが、それは誰にでも起こり得ることだと考えること。大切なのは同じミスを“2度と繰り返さない”ことだ」

 たしかにシティ戦のようなミスはトラウマとなり、選手生命を左右することさえある。実際に冨安の出場時間は減っている。これまではどんな展開になっても、アルテタ監督はまるで「冨安の実戦感覚を鈍らせない」とでも言うように、日本代表DFに出番を与えてきた。

 ところが、エバートン戦で最後の交代枠はこれまで完全に干されていた格好のDFキーラン・ティアニーで切られている。試合終了のホイッスルが鳴ると、それまで何度もウォーミングアップをしていた冨安は静かに控え室へと消えていった。

 こうした状況もあって、早々と冨安の移籍が報じられている。そんなチーム内における立場が不安視される冨安の最優先すべきは、アーセナルで復活することだろう。幸いなことに、あの敗戦から程なくしてアーセナルは首位を奪い返し、現在シティとの勝ち点差を「5」も広げている。

 無論、クロス氏が「また一から出直し」と語るように、冨安の序列は下がっただろう。けれどもウインター氏の評価にあるとおり、ユーティリティー性の高い冨安はアーセナルにとって貴重な選手だ。また、タウンゼント氏が指摘する気持ちの切り替えが今の冨安に必要なのは言うまでもない。同じミスは繰り返さないと心に決め、アーセナルの優勝へ貢献を続ける――。それ以外にあのミスを取り返し、選手として再び輝きを取り戻す道はないのである。

(森 昌利 / Masatoshi Mori)

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森 昌利

もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。

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