機械判定「靴半分オフサイド」への疑問 最新技術の正しさは本当にサッカーのためなのか?
【識者コラム】機械がオフサイド主張、全員が黙って従うシュールな風景が当たり前に
UEFAチャンピオンズリーグ(CL)のラウンド16、パリ・サンジェルマン(PSG)とバイエルン・ミュンヘンの第1レグはアウェーのバイエルンが1-0で勝利した。後半37分にPSGのキリアン・ムバッペが1点を返しているのだが、オフサイドでノーゴールと判定されている。
ネイマール、ヌーノ・メンデスとパスが通り、メンデスの左からのクロスをムバッペが彼ならではのハイスピードの飛び込みで合わせた見事な得点だったのだが、メンデスがオフサイドと判定されたのだ。判定したのは半自動オフサイドテクノロジーだった。
カタール・ワールドカップでも採用されていた最新のオフサイド判定技術である。判定後には選手の位置が3D化して示される。それで見ると、メンデスのオフサイドは実にシューズの半分ほどだった。
十数センチ、オフサイド。半自動オフサイドテクノロジーがなければ、たぶん誰も気がつかなかっただろう。これで見事なゴールが取り消された。
そして、PSGの選手たちはこの判定に黙って従っていた。主審のファウル判定にはかなりの頻度で文句を言うのに、この時ばかりはダンマリ。そりゃ、そうだ。誰もオフサイドかどうか分からないからで、機械様がオフサイドと言っているなら従うほかない。文句を言ったところで動かぬ証拠を突きつけられるだけ。それに機械に何を言っても無駄ということもある。
人間の判定には文句を言うが機械には誰も言わない。当たり前のようだけれども、ちょっと不思議でもある。重要で、見事なゴールが、わずか半足分のオフサイドで無効になる理不尽さをあそこまで素直に受け入れてしまっていいのだろうかと思ってしまった。
ひと昔前なら、靴半分ぐらい出ていてもオフサイドにはなっていなかった。もっともそこまで厳密に見る手段もなかったわけだが、オフサイドか否かの基準は身体の中心線だったからだ。しかし今では手首でも鼻先でも出ていればオフサイドにされそう。実際、誰も分からないオフサイド判定は何度となく起きている。選手も審判も観客も、誰も気が付かないまま、ただ機械だけがオフサイドだと主張し、全員がそれに黙って従う。そんなシュールな風景が当たり前になりつつある。
そもそもオフサイド判定は人間には無理難題
サントスの名ウイングで、後に読売クラブ(現在の東京ヴェルディ)でも監督を務めたペペから聞いた話を思い出す。ある試合で、ペレが見事なオーバーヘッドでゴールした。観衆は熱狂の渦。ところが、何かのファウルがあったとして主審はノーゴールと判定した。ペペ監督は顔を真っ赤にしてフィールドへ乱入し、主審に詰め寄ったそうだ。
「凄いゴールじゃないか! みんなが喜んでいる。素晴らしいじゃないか。なんでダメなんだ!」
ペペ監督、退場。激情家のペペらしいエピソードだ。ファウルかどうかなんて大した問題じゃない、素晴らしい得点なんだから認めろという主張は無茶苦茶ではあるが、サッカーへの愛があふれている。
そもそもオフサイド判定は人間には無理難題なところがあった。優秀な副審ほど、実は自分の目を信用していない。見たままに判定していたら誤ることを知っていて、経験則に従って見えたものとは逆の判定をする。機械の導入は確かに正しい判定に寄与している。
ただ、正しいことはそんなに重要なのだろうか。あの靴半分ほどオフサイドの映像を見て、「いいよ、ゴールで」と最終判断をする審判がいてもいいのではないか。まあ、絶対にそんなことはできないわけだが、その正しさは本当にサッカーのためなのか? という疑問は消えない。
西部謙司
にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。