序列は下がるどころか価値は上昇 アーセナル冨安の“現在地”と見据えるリーグ優勝へのビジョン

チームにおける冨安の重要性はむしろ上がっている

 一方で、気になるのはチーム内における冨安の序列だ。たしかに今季はイングランド代表DFベン・ホワイトの控えに回り、ベンチから試合を見守ることが多い。来夏の移籍に言及した気の早い報道も散見される。昨シーズンは移籍直後から存在感を示して前半戦でレギュラーを確保していただけに、「チーム内の序列を下げた」という結論が分からないわけでもない。

 しかし、現地で冨安を追う限り、この日本代表DFの重要性に変化はない。というより、その価値はさらに上がっているのではないだろうか。

 その根拠は、昨年10月9日にホームで行われたリバプール戦に左サイドバックで先発出場したという事実だ。ウクライナ代表DFオレクサンドル・ジンチェンコの負傷を受け、相手のエースFWモハメド・サラーへの対策を重視したミケル・アルテタ監督は、敢然と冨安を先発起用。この試合で冨安はサラーをきっちり不発に抑え、アーセナルが3-2で激戦を制した。

 試合後、筆者はアルテタ監督に冨安のパフォーマンスについて尋ねた。すると、40歳の青年監督は「(冨安は)言った通りのことをやってくれた。それでも、サラーを相手に言われたことをきっちりやり遂げる難しさは言わなくても分かるはず」と答え、日本代表DFの働きぶりに満足感を示したのだ。

 このディフェンスラインならどこでもハイレベルでこなせるユーティリティー性は、アーセナルだけでなくプレミア全体を見渡してもなかなか見当たらない能力であり、際立つ個性だろう。

 また、アルテタ監督はこれまでに何度も冨安を「真のプロフェッショナル」と称えている。この言葉から、冨安が日本人らしい誠実さと几帳面さを持って日々練習に打ち込んでいる姿は想像に難くない。

 そんなユーティリティー性に優れ信頼を置く選手を聡明なスペイン人指揮官が放出することなどあるだろうか。アーセナルが今季のプレミア優勝を果たすことができた場合、名門復活だけでなく、メンバーの年齢層から見て新たにリーグを牽引する存在になる可能性さえある。クラブの新たな章の始まりに冨安のような貴重な戦力を手放すなどあってはならない。

“新黄金期”のアーセナルで冨安が輝いてくれれば――。今回の取材は、そんな将来への期待を抱かせてくれる短くも濃密な時間だった。

(森 昌利 / Masatoshi Mori)

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森 昌利

もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。

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