「歴史的に見てもそうはない」カタールW杯決勝 ドイツ人指導者が分析「非常に優れたチェスの一手」
【インタビュー#2】アルゼンチンとフランスが激突したカタールW杯「拮抗していた」
ドイツのケルンでさまざまな年代の育成指導者を歴任し、U-14までの育成統括部長を務めていたドイツ人指導者クラウス・パプストを取材。第2回は「決勝」をテーマに、2022年のカタール・ワールドカップ(W杯)を振り返る。(取材・文=中野吉之伴/全4回の2回目)
◇ ◇ ◇
守備組織にフォーカスを置く国が多かったのは、準備期間が少ないという今大会の条件を考えると理解できるものだ。そうしたなか決勝では、序盤はアルゼンチン代表が攻勢を仕掛けたが、フランス代表もキリアン・ムバッペの同点ゴールで追い付くと、延長戦では互いに一歩も譲らず。最終的にはペナルティーキック(PK)戦でアルゼンチンが悲願の優勝を果たすという、見る者すべてを興奮させる白熱した試合となった。
パプストは「W杯決勝はサッカー選手にとってハイライトの1つだ。特に70分以降の試合展開は歴史的に見てもそうはない。それに試合終了間際に両チームともに試合を決定づけるチャンスがあったというのもすごい話だ」と語る。
なぜ決勝はあそこまでの展開になってしまったのだろうか? よくある決勝というのは互いに譲らず、あそこまでオープンな試合になることは稀まれだった。どこに理由があったのだろうか。
「やはり戦術的とか戦略的な何かがあそこまでの変化をもたらしたのではなく、W杯の決勝という比類なき試合環境と、試合展開がもたらしたというのはあるだろう。70分まではアルゼンチンが完全に試合をリードしていた。フランスはシュートすら打てなかったんだから。そんなフランスが突然PKで1点を返し、急に勝負の行方に自分たちが何かできる可能性を持つことができた。
そしてアルゼンチンには序盤からのハイ・インテンシティーの連続で少しずつ疲れが出ていた時間帯だったというのも重なっていたのが、ムバッペの同点ゴールにつながった。そうなると、どの選手からも尋常ではないアドレナリンが出てきて、ギリギリの戦いを生み出すことになったのではないだろうか。
解説を務めていた元ドイツ代表MFクリストフ・クラマーが言っていたよ。『サッカーというゲームは、運としか言えないものによって起こるものも多いんだ』。
フランスは3点目を取って逆転勝利を狙える流れになっていたし、アルゼンチンはなんとしてもここで一度体勢を立て直さねばという状態になっていた。サッカーではそうしたことも起こりうるんだ、というのを見事に示してくれた試合だったね」
PK戦で雌雄が決した決勝となったわけだが、アルゼンチンとフランスに違いはあったのだろうか。
「どちらのクオリティーも拮抗していたのは間違いない。両チームとも卓越したワールドクラスの選手が中心にいた。アルゼンチンのメッシはゴールシーンだけではなく、随所に最高のプレーを見せてくれたし、フランスではムバッペ。PK戦も含めて1試合で3度もPKを決めたというのは信じがたいことだ。W杯の決勝という舞台でだよ。流れの中からのゴールも本当に素晴らしかった。70分まではそうした時間を全く作れなくて苦労していた。アルゼンチンが前から巧妙かつ極めて高いインテンシティーでプレスをかけて、ボールを持たす時間を奪っていったからだね」
中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。