東山のJ内定MF阪田、W杯出場を夢見るエースの決意 「C大阪を代表するような選手になりたい」
後半29分の決定機に言及、今後の目標も掲げる
悔しいはずの試合後に取材に応じるのは、東山(京都)のエースMF阪田澪哉。セレッソ大阪加入が内定している阪田は、1月9日に国立競技場で行われた岡山学芸館(岡山)との第101回全国高校サッカー選手権大会決勝戦に先発出場していたが、チームは1-3で敗戦。準優勝に終わっていた。
「決勝で負けてしまったのは悔しいですし、2-1になった時に、自分にチャンスがあったんですけど、そこで決めきれなかったということは、自分の中で悔しいので。こういう悔しい思いを、プロの世界に入っていくなかですべてぶつけて、成長して、成長した姿で、また国立に帰ってきたいです」
後半37分でピッチに下がった阪田が悔しがるのは同29分の決定機の場面。左のMF真田蓮司からのクロスをヘディングで合わせるが、これは惜しくもクロスバーを叩いてノーゴールとなっていた。
「相手がボールウォッチャーだったので、その前に入るっていうところで、結構本当にいいボールだったんですけど、あとは自分が、しっかり叩きつけられなかったっていうところで、自分の反省点かなと思います」
そう振り返る阪田は、真田からのクロスがあったからプロに行けたと感謝。だからこそ「来た瞬間に『キタ!』っていう風に思って。本当に自分があそこで決めればっていう感じです」とうなだれた。そして「本当にめっちゃくちゃいいボールだったんで。正直。自分がどうにかできたシーンではありました」と自らに責任の矢印を向けて練習への意欲に変えていた。
その阪田がC大阪の選手として目指すのは、ワールドカップ(W杯)出場とC大阪を代表する選手になることだという。
「プロなって活躍して、W杯の選手に選ばれて、W杯で日本の勝利に貢献できる選手になりたい。あとはセレッソ大阪というチームの勝利に貢献できる選手だったり、セレッソ大阪を代表するような選手になりたいです」
そう述べて、次のステージでの活躍を誓っていた。なお阪田たちの代はコロナ禍で、主要な学校行事がほとんど行われていない。そんな3年間について質問された阪田は涙ぐんで仲間たちとの3年間を振り返っている。
「色々、学校行事がなかったんですが、日頃サッカー部の選手といるのが、楽しい時間で(涙で絶句)。本当に素晴らしい(涙で絶句)、国立の決勝に居たというのは高校生活の財産になりました」
財産といえるだけの3年間の思いを胸に、日本を代表する選手への成長を期待したい。
江藤高志
えとう・たかし/大分県出身。サッカーライター特異地の中津市に生まれ育つ。1999年のコパ・アメリカ、パラグアイ大会観戦を機にサッカーライターに転身。当時、大分トリニータを率いていた石崎信弘氏の新天地である川崎フロンターレの取材を2001年のシーズン途中から開始した。その後、04年にJ’s GOALの川崎担当記者に就任。15年からはフロンターレ専門Webマガジンの『川崎フットボールアディクト』を開設し、編集長として運営を続けている。