FC東京内定FWと対峙 前橋育英3年生SBが躍動、入念な準備が生んだ2年連続ベスト8への鍵「今日は守りだけと決めていた」
昌平MF荒井に厳しいマーク、DF山内恭輔が明かした対策法
昨夏の全国高校総体(インターハイ)で2度目の優勝を遂げた前橋育英(群馬)が、1月2日に浦和駒場スタジアムで行われた第101回全国高校サッカー選手権の3回戦で優勝候補・昌平(埼玉)と対戦。逆転で熱戦を制し、2年連続でベスト8に駆け上がった。そんな大一番に相手のエースと対峙し、勝利に貢献したのが精巧な左足キックを誇り、1対1に抜群の強さを発揮するサイドバック(SB)山内恭輔だ。
スタジアムには1万5400人が詰め掛け、今大会初の大入り満員。そんな雰囲気にまだ慣れていなかった前半3分、昌平のロングボールを2年生GK雨野颯真が前方に進出してクリアした。これがFC東京への加入が内定している昌平のエース、右サイドMF荒井悠汰に拾われ、長距離弾を決められた。雨野が定位置に戻る前の間隙を突かれ、無人のゴールに流し込まれた。
この荒井と対面したのが山内で、電光石火の得点こそ許したとはいえ、これを除くと流れの中からのシュートは1本も打たせなかった。
荒井は高体連所属選手としては、FC東京史上初の高校2年の昨年2月に加入が内定し、昨季Jリーグのルヴァンカップ予選リーグ3試合を経験した。昨年4月のU-19日本代表候補には、高体連から唯一選出された超高校級の怪物なのだ。
それでも山内を、周りが激励してくれた。
「お前なら、いけるぞ」
前橋育英の主将ボランチ、徳永涼は昌平との対決が決まると「山内が荒井に対応することになるので、荒井の特長を伝えておきます」と話していた。荒井とはU-18日本代表合宿などで一緒だったとあり、プレースタイルを把握していたのだ。
代表的な動き方がいくつかある中で、山内にはドリブルからのカットインが印象的だった。
荒井はこの試合で何度か右サイドで球を受け、力強く運んで中央に切れ込んだプレーを3、4度試みたが、味方の効果的な2、3次攻撃にはつなげられなかった。
山内は本来は守備ばかりか、左サイドを激しく上下動して攻撃の一翼も担う選手だが、この試合に限っては守備に専念したそうだ。「今日は守りだけと決めていたし、そこは結構できました。プロ入りする選手にも通用すると思った」と役割を全うした安堵感が広がった。
ちょっと驚かされた山内の言葉がある。「プレミアリーグEASTでもいろんな特長のある選手が多いので、今日も怖くなかった」と胸の内を明かすと、「11番の方が怖かった。守備ラインと中盤の間を空けてしまうと、そこに11番がドリブルでどんどん入ってくる。2回戦でも2点取っているし、嫌な選手だと思いました」と、チームとしては左サイドMF篠田翼に細心の注意を払っていたそうだ。しかし洗練されたグループ守備で跳ね返し、篠田がシュートを放つ機会は1度もなかった。
確かに篠田の速くて馬力満点のドリブルは脅威だろうが、本音を言えば荒井の方がそれ以上に怖かったのではないだろうか。
徳永から丁寧にブリーフィングしてもらったのに、それだけでは準備不足と思ったようだ。
「試合前日は昼間と夕方、ずっと動画で荒井君のプレーを見て研究していました。随分と対策もしました。動画で相手を研究することなんて今までやったことがないです。勝ちたい思いもあるし、この試合に懸ける気持ちが強かったんです」
とにもかくにも隠れた努力が実り、一番難しいと思われたチームを倒し、荒井にも勝利した。
河野 正
1960年生まれ、埼玉県出身。埼玉新聞運動部で日本リーグの三菱時代から浦和レッズを担当。2007年にフリーランスとなり、主に埼玉県内のサッカーを中心に取材。主な著書に『浦和レッズ赤き激闘の記憶』(河出書房新社)『山田暢久火の玉ボーイ』(ベースボール・マガジン社)『浦和レッズ不滅の名語録』(朝日新聞出版)などがある。