中村俊輔、キャリアのターニングポイントはイタリア移籍「すごく光が見えた感じだった」

中村俊輔がセリエA移籍を振り返った【写真:徳原隆元】
中村俊輔がセリエA移籍を振り返った【写真:徳原隆元】

2002年夏に横浜F・マリノスからレッジーナに移籍

 J2横浜FCは11月10日、元日本代表MF中村俊輔の引退記者会見を実施した。中村は26年間に及んだ自身のプロキャリアのなかで、ターニングポイントになったものを2002年に横浜F・マリノスから当時イタリア・セリエAのレッジーナへ渡った移籍に挙げた。

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 中村はキャリアの中で6回の移籍を経験している。そのうち最初の移籍になったのが、自身初の海外キャリアのスタートにもなった02年のイタリア行きだった。地元開催でもあった日韓ワールドカップ(W杯)へのメンバー入りを逃した数か月後の移籍だったが、中村は前年にフランス代表とのアウェーで臨んだ国際親善試合に0-5で敗れたことにも触れ、焦燥感があったと語っている。

「イタリアに行く時は、日本で『出なきゃ』と焦るくらいだった。当時は世界最高峰だったセリエAに行くのを焦るくらいだった。本場のサッカーに飛び込んだのは、良かったと思いますね。扉をようやく開けられた。サンドニで代表で0-5で負けて、このままじゃ置いていかれると気づいたし、やっとこの舞台でやれるというので、すごく光が見えた感じだった」

 実際に中村は移籍して最初のシーズンに7得点し、クラブのセリエA残留を勝ち取った。その後にスコットランドの名門セルティックでは、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)でマンチェスター・ユナイテッドを相手に決めた伝説的なフリーキックなど数々の活躍を見せたが、そのスタート地点とも言えるイタリア行きはキャリアの中でも大きな分岐点になっていた。

(FOOTBALL ZONE編集部)



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