“ACL出場権”の望ましい形 真の代表クラブを選ぶならJ1のトップ4が最もフェア
【識者コラム】ACL出場権を巡る現行ルールにフォーカス
J2で18位のヴァンフォーレ甲府が天皇杯を制し、来年はACL(AFCチャンピオンズリーグ)に挑戦することになった。J2で11勝15分16敗と大きく負け越しているチームが、天皇杯ではJ1の4チームを連破する(決勝戦はPK勝ちなので引き分けだが)ところが、サッカーの不確実性と醍醐味を象徴している。
だがこの奇跡の快挙が、来年以降の奇跡の復興につながるかと言えば、そう簡単な話ではない。甲府は大卒選手の育成で評価を固めて来たわけだが、逆に財政規模で上回るJ1クラブから即戦力引き抜きの標的にもなっている。
実際、天皇杯決勝で戦ったサンフレッチェ広島にも、大学を卒業して甲府でプロ生活を歩み始めた選手が3人(佐々木翔、柏好文、今津佑太)在籍していた。これは甲府に限らずJ2以下のクラブの宿命で、ACLへの出場資格を得ても必ずしも戦力補強が叶うわけではない。
何より甲府は天皇杯を制した2日後には、J2で成績不振だった吉田達磨監督の退任を発表している。要するにチームの再建に乗り出すシーズンにACLにチャレンジするという皮肉な事態を迎えているわけだ。
かつて2006年にJ2からACLに出場した東京ヴェルディのラモス瑠偉監督(当時)は、どちらかと言えばJ2を優先すると公言した。ACLで優勝すればクラブワールドカップへつながっていたが、夢より現実を見据えることを強調した。
もちろん快挙を境にクラブの歴史が一変したケースもないわけではない。母国イングランドでの出来事だが、1976-77年に2部の3位で1部昇格を果たしたノッティンガム・フォレストは、翌シーズンに1部で優勝を果たし、続く78-79年には欧州チャンピオンズカップ(CC/現UEFAチャンピオンズリーグ)へ出場している。
当時CCには各国のリーグ王者しか参加資格がなかったから、強豪国から複数のビッグクラブが集結して来る現行のチャンピオンズリーグよりはタイトル奪取が近道だったわけだが、ノッティンガムは初出場で初優勝を果たし、翌79-80年にも連覇。世界王者の座を賭けて、東京で開催された第1回のトヨタカップで南米王者のナシオナル(ウルグアイ)と戦っている。
加部 究
かべ・きわむ/1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。