文武両道を貫いた東大初の元Jリーガー、夢は叶わずも「おもしろいキャリア」と振り返る訳

岡山でプロデビューを飾り、J2で9シーズンプレー【写真:(C )FAGIANO OKAYAMA】
岡山でプロデビューを飾り、J2で9シーズンプレー【写真:(C )FAGIANO OKAYAMA】

鹿島の練習参加がプロ入りへのターニングポイント

 サッカー選手としては回り道を進むことになったが、これが結果的に久木田をプロの道へとかき立てる結果となった。

 とはいえ、久木田が所属していた当時の東大ア式蹴球部はプロ選手を多く輩出している大学の関東リーグではなく、東京都リーグのそれも2部リーグを戦っていた。当然スカウトが足を運ぶことはなく、Jリーグへの道筋は厳しいものだった。

 そんな状況で転機となったのは、当時J1リーグで圧倒的な強さを誇っていた鹿島アントラーズへの練習参加だった。東大ア式蹴球部OBのツテでコンタクトを取り、実現した。

「大学時代の大きなターニングポイントは、最初にプロの練習に参加させてもらったことですね。あの頃の鹿島と言えば、Jリーグ3連覇(2007~09年)を成し遂げるまさに黄金期のチーム。そんなところに大学の関東リーグですらない東京都リーグの選手が参加したんです。その時はプロのレベルの高さに挫折を覚えるというよりも、意外と『プロでもやっていけそう』と思うことができました。運が良かっただけかもしれないですけど、練習では調子が良くて、コーチからもさまざまなアドバイスをもらえました」

 中学時代には周り選手のレベルの高さに圧倒された久木田だったが、高校、大学を経てこの頃にはプロ入りへの自信を深めていた。「コンタクトプレー、特に対人でボールを奪う、奪われないというところでは自分の強みは発揮できた」と手応えも感じた。

 その後も自作のプレー集動画をプロチームに送るなど地道な活動も行い、複数のJ2クラブの練習にも参加。「最初に練習参加したのが鹿島だったので、ある意味、そのあとはもう吹っ切れていた感はありました」。“就活”の末にJ2岡山からのオファーを受けて、史上初となる東大卒Jリーガーとなった。

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