甘くなかったJ1、最下位・磐田はなぜ低迷? ハイスペックな戦術、エース候補不発、補強失敗…大苦戦と“想定外”の真相
【識者コラム】可変システムに挑戦 意欲的に取り組む一方で課題も浮き彫りに
最初に突き詰めて結論を言ってしまえば、J1はそんなに甘くなかったということだ。伊藤彰監督はヴァンフォーレ甲府の3年間でも示してきた、可変性の高いスタイルを“昇格組”のジュビロ磐田に植え付けようとした。実際、筆者も伊藤監督の就任を聞いて最初にイメージしたのは3年目の甲府だ。
最後は磐田、京都サンガF.C.に及ばなかったが、J2で3位に躍進した甲府のサッカーは組織的に洗練されていて、相手の対策を上回っていく多様性も備えていた。そのサッカーを磐田のタレント力で実現できたら、J1でも上位に行けるのではないか。ただし、少し時間がかかることも想定はしていた。
ただ、25試合を終えてJ1の最下位、しかも浦和レッズに0-6の大敗を喫する形で、伊藤監督が解任されるところまでは“想定外”だ。ここから、その”想定外”がどうして起きたのかを簡単に振り返りながらまとめたい。
伊藤監督の可変システムは“スイング”とも呼ばれる最終ラインとウイングバックの柔軟なスライドによって成り立つ。基本は5-4-1で相手を引き込むように構えながら、ボールを奪ったら右アウトサイドの鈴木雄斗が高い位置に上がり、右センターバックがワイドに流れながらサポートする。いくつか応用はあるが、1年目ということもあり、鈴木政一前監督のシステムを引き継ぎながら、中身の部分では変化をもたらした。
戦術的な約束事は増えたが、機能すれば多様な攻撃オプションも見込めるため、選手たちもキャンプから意欲的に取り組む姿が見られた。実際の序盤戦は特に右サイドからの攻撃が上手くはまり、鈴木が4月半ばまでに5得点を記録した。
その一方で、つなぎのミスから鋭いカウンターで失点することも一度や二度ではなかった。それでも前半戦はトライのなかでのミスを前向きに考えながら、チームの成長を追い求めて進んでいたことが強い記憶として残る。
ただ、そのなかで伊藤監督も認めていた問題がある。平均年齢が高さからか、チーム全体の走行距離が相手より下回ることだ。J1とJ2の明確な違いはいくつかあるのだが、少し乱暴な表現をすれば、磐田がボールを握る側になることができる。それだけ自分たちのペースでゲームを進められるということだ。
ハードワークで厳しいプレッシャーをかけてくるチームも多くあるが、プレスを1つ外してフリーの選手につなげば、相手のディフェンスが後手に回ってリトリートしてくれる。そこからボールを動かして隙が生じたところに縦パスを出し入れし、ドリブルで侵入していけばいい。もう1つは磐田側のミスでボールをロストしても、相手のファーストパスが効果的でないことが多く、即時奪回できることもあれば、守備を整える時間を与えてくれる。
もちろん一緒にJ1昇格した京都にはエースFWピーター・ウタカのようなJ1でも通用する強力な外国人FWがおり、V・ファーレン長崎には横浜F・マリノスがJ1優勝した2019年に活躍したFWエジガル・ジュニオなど、1人や2人の力でゴールに迫るチームもある。しかし、一気に複数の選手が背後を取ってくるようなケースは稀で、先に失点しても落ち着いて挽回できたのだ。
河治良幸
かわじ・よしゆき/東京都出身。「エル・ゴラッソ」創刊に携わり、日本代表を担当。著書は「サッカーの見方が180度変わる データ進化論」(ソル・メディア)など。NHK「ミラクルボディー」の「スペイン代表 世界最強の“天才脳”」を監修。タグマのウェブマガジン「サッカーの羅針盤」を運営。国内外で取材を続けながら、プレー分析を軸にサッカーの潮流を見守る。