J1のVARカメラアングル、早期改善の余地は? 元レフェリー・家本政明氏が考察「J2、J3への導入が先決との議論が出かねない」
【専門家の目|家本政明】名古屋×鹿島のハンド判定が議論対象、カメラアングルが起因に
J1リーグ第18節・名古屋グランパス対鹿島アントラーズの一戦で、鹿島FW上田綺世の得点が取り消されたハンド判定が議論の対象となっている。ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)介入を経て、レフェリーがオンフィールド・レビューを実施したにもかかわらず判定の真偽が問われた背景には、正確なジャッジを下すのに適したリプレー映像が提供されたかったことがある。こうした問題は、早急に解決できるのか。2021年シーズン限りでサッカー国内トップリーグの担当審判員を勇退した家本政明氏に、見解を訊いた。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部)
◇ ◇ ◇
名古屋対鹿島の前半20分、上田が相手ディフェンスを背負いながら右足で決めたゴールは、VARの介入、オンフィールド・レビューを経て、取り消された。リプレー映像では名古屋DF中谷進之介と競り合った際、上田の左腕がボールに触れているようにも見える。しかし、この映像だけでは確証を得にくいジャッジでもあった。
家本氏はこの判定について「ボールが腕に当たった『ように』は見えるので、主審が得点を取り消して反則とした決断は理解できます。ただVARを活用した場合、『明白な事実』をもとに最終決断することが前提となっているのでそうした観点で言うと、あの映像だけで明確にハンドの反則があったと言い切るのは、証拠不十分でちょっと厳しい」と振り返る。
今回のシーンは、VARを介したジャッジながらも議論に発展したレアケース。問題は、ハンドシーンの決定的瞬間を捉えたリプレー映像がなかったことに起因する。「J1リーグのカメラ台数は、海外に比べるとそれほど多くないんです。ベストなアングルの方向、例えばバックスタンド側からの真横のアングルに関しては、おそらくないと思います」と家本氏。カメラ台数を増やすにしても、そこには莫大な資金がかり、さらに言えば現状、J2、J3リーグ側にVARが導入されていないなかで、J1におけるVARのクオリティー改善を優先していいのか、という議論も出てくると指摘する。
「カメラの台数を増やしてVARのクオリティーを高めたいと、J1だけの枠組みで考えればそうなりますけど、『J1だけ改善すればいいのか』という議論は出てきてしまいます。J2、J3の選手やクラブ、応援している方たちの立場も考えると難しい。J2、J3にもVARを導入するほうが先決なのではないかとの議論が出かねません。いずれにせよ、リーグのリソースは限られているので、J1のVAR用のカメラ台数を増やすという結論へ早期に至るのはだいぶ難しいと思います」
こうした現状もあるなかで、正確なジャッジを下していくための重要なポイントとは何か。家本氏は「VARの原則に戻って明白な事実が映し出されているかどうか、10人中9人が『そうだよね』と容易に確認できるような映像をもとに最終決断をすること」だと、改めて強調する。
「カメラの台数が増えたらすべての事象シーンを網羅できるのかというと、そうとも言い切れない。カメラ台数が増えるに越したことはないですけど、それよりも大事なことは原則に基づいて、みんなが納得できるような映像上の事実をもとに最終的な判断を下したかどうかが重要だと個人的には思います。このあたりも(DAZNの)ジャッジリプレーに出演する識者の方がどのような結論を出すのか、気になりますね」
VARの導入後、正確なジャッジが下される場面が増えつつも、今回の一件で課題も浮き彫りに。一筋縄では解決できない問題としばらく共存しながら、今後も試合中のさまざまな事象と向き合っていくことになりそうだ。
家本政明
いえもと・まさあき/1973年生まれ、広島県出身。同志社大学卒業後の96年にJリーグの京都パープルサンガ(現京都)に入社し、運営業務にも携わり、1級審判員を取得。2002年からJ2、04年からJ1で主審を務め、05年から日本サッカー協会のスペシャルレフェリー(現プロフェッショナルレフェリー)となった。10年に日本人初の英国ウェンブリー・スタジアムで試合を担当。J1通算338試合、J2通算176試合、J3通算2試合、リーグカップ通算62試合を担当。主審として国際試合100試合以上、Jリーグは歴代最多の516試合を担当。21年12月4日に行われたJ1第38節の横浜FM対川崎戦で勇退し、現在サッカーの魅力向上のため幅広く活動を行っている。