なぜ政界の道へ進んだのか 34歳元Jリーガーが山口市議会議員として誓う“恩返し”
【元プロサッカー選手の転身録】鳥養祐矢(琉球、山口)後編:知人の「自分にしかできない道を」の助言で政界へ
世界屈指の人気スポーツであるサッカーでプロまでたどり着く人間はほんのひと握り。その弱肉強食の世界で誰もが羨む成功を手にする者もいれば、早々とスパイクを脱ぐ者もいる。サッカーに人生を懸けて戦い続けた彼らは引退後に何を思うのか。「FOOTBALL ZONE」では元プロサッカー選手たちに焦点を当て、その第2の人生を追った。(取材・文=石川遼)
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今回の「転身録」はジェフユナイテッド市原・千葉のユースで育ち、その後JFL(日本フットボールリーグ)でのプレーを経て、2014年に加入したレノファ山口で活躍した鳥養祐矢だ。昨年、スパイクを脱いだばかりの34歳は、山口県山口市で市議会議員として当選を果たし、政治家としての道を歩み始めた。
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鳥養はジェフユナイテッド市原・千葉のユースで育ち、その後ジェフリザーブズ(2006〜2012年)、SAGAWA SHIGA FC(11〜12年)、FC琉球(13年)、レノファ山口(14〜19年)と渡り歩いた。19年にFC琉球に復帰し、2021年シーズン限りで現役生活に終止符を打った。
そして、迎えた2022年の元日に自身のインスタグラムを通じて政治家への転身を発表。4月24日投開票の山口市議会選挙に無所属で立候補し、トップ当選を果たした。
鳥養はなぜ市議会議員になることを選んだのか。現役中から「一番長く、濃い時間を過ごした」山口でセカンドキャリアを始めようと考えていたものの、具体的に何をするかは定まっていなかった。クラブスタッフになる選択肢も浮かんだが、知人からの助言でまったく別の道に進む決意を固めたという。
「現役生活最後の2年半は琉球でプレーしましたが、その2年半の間にも山口の人たちは『いつでも帰っておいで』と言ってくれていました。そのなかでレノファのスポンサーを務めるとある企業の社長さんにはセカンドキャリアについて相談させてもらっていて、その方から『鳥くんはレノファ山口というチームの中に属するのではなく、鳥くんにしかできない道を選んだほうがいいのではないか』と言われたことが、この道に進むきっかけになったんです。引退してコーチになったり、フロント入りする選手は多いですし、自分もフロントスタッフとしてチームを動かす立場になってみたい気持ちはありましたけど、考えていくうちにそれは僕じゃなくてもできるんじゃないかと思うようになりました。やるからには自分にしかできないことをしたい。僕はクラブから離れたところで、山口全体のために何かしたいと思ったんです」