日本代表初選出の伊藤洋輝、充実の1年で遂げた驚くべき成長 最終節の“劇的残留弾”呼び込んだアシストの“凄み”
【現地発コラム】伊藤洋輝の判断の良さがブンデスリーガ残留へと導いた
当初セカンドチームでプレーする予定だった選手が、あれよあれよという間にトップチームでの出場機会を増やし、終盤にはレギュラーとして欠かせない存在になるとはだれが予想できただろうか。ドイツ1部シュツットガルトで日本代表に初選出されたDF伊藤洋輝だ。
ブンデスリーガ最終節のケルン戦では相手エースFWアントニー・モデステをどのように止めるかが非常に重要なカギだった。モデステは第33節終了時点で、19ゴールを決めており、センタリングに対して非常に優れたタイミングでシュートへ入ってくる。とても高いクオリティの持ち主で、センタリングをどう止めるかが勝負の分け目となった。
そんなモデステと対峙することが多かったのが伊藤。この試合でやらなければならないことはたくさんある。だが焦りを感じさせずに、多くの局面で冷静に適切に対応してみせた。自陣では味方と連係しながらモデステを終始密着マークで封じ込め、味方が相手陣内の高い位置でプレスに行ったときは伊藤もポジションを離れて相手陣内でプレスに加勢。出足良く相手の前でインターセプトをするシーンもたびたび見られた。
ヨーロッパでは足を止めて相手の出方を待つことはよしとされないケースが多い。鋭く相手にプレッシャーをかけ、なおかつそこでボールを奪う、前には運ばせない、味方のサポート時間を作るというタスクをこなせなければならない。タイミングがずれてのアタックは相手にスペースを与える要因にもなってしまう。
伊藤だけではなく、シュツットガルトが相手の攻撃に対して後手になってしまう時は、チーム全体としてこのボール保持者へのアプローチのタイミングがずれ、かいくぐられ、他の選手が引き出され、さらに危険なスペースが開いてしまうという悪循環にさいなまれることが少なからずあった。
出るなら正しいタイミングで出る。そしてかわされる危険があるなら瞬時についていく、あるいはポジションに戻るという選択肢も残しながらのアタックが必要となるわけだが、この辺りの状況判断が伊藤は試合を重ねるごとに、明確になっていった。
このケルン戦でもサイドに引き出されて深いところへのパスを許しながら、そこからすぐにダッシュでペナルティーエリア内へ戻ることで大きなピンチにさせないというシーンが何度もあった。シンプルなヘディングの競り合いではモデステにも勝利。失点のシーンこそモデステの嗅覚の鋭さにやられたが、GKのキャッチミスをリカバリーできる時間的余裕もなかった。
そして伊藤のパフォーマンスを語るうえでその落ち着き払った冷静さを外すことはできない。劇的な決勝ゴールとなったチームメイトMF遠藤航のヘディングシュートをアシストしたのが伊藤だったわけだが、アディショナルタイム2分、GKミュラーも攻めあがってくるというこのプレー後に笛が吹かれてもおかしくないという状況で、ゴールの可能性を高めるための選択肢を選ぶことができるというのは特筆すべきことではないだろうか。おそらく、他の選手にボールが来ていたら、十中八九直接ヘディングでシュートを狙っていたのではないだろうか。あそこで冷静にボールをファーポストに流すというのにはケルン選手も意表を突かれたはず。
中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。