シュツットガルト遠藤航が刻んだ偉大な功績 「もう残留は無理だ」の声から劇的展開へ、宙を舞う日本人の姿に抱いた思い
「最初から最後まで…」シュツットガルトに道を作った偉大なキャプテン
試合開始からフルスロットル。このペースが最後まで持つのか心配になるほどに、7位でUEFAヨーロッパリーグ出場権を争っているケルンをどんどん押し込んでいく。
前半12分、先制点の起点を作ったのは遠藤だった。中盤からロングパスを送ると、これに抜け出したFWティアゴ・トマスがペナルティーエリア内で倒されてPKを獲得。スタジアムが唸る。アンカーのMFアタカン・カラソルは思わず遠藤に抱きついて喜んでいたのが印象的だった。
FWサーシャ・カライジッチのPKはGKのファインセーブで防がれてしまう。しぼんでいくスタジアムの空気。だが、その直後のCKから誰よりも高く飛んで、ヘディングでねじ込んだのがカライジッチだ。
記者席後ろのシュツットガルトファンが僕の背中を何度も叩き、こちらに拳を突き出してきた。僕もそれに力強く合わせて、そのあとがっちり握手もした。そこら中から雄叫びが聞こえてくる。斜め後ろのファンが大声で「あるぞ、残留!」と叫ぶ。開始15分でもう声がかれている。ファンもそれくらい最初から全力だった。
その後も何度もチャンスを掴みながら、なかなか2点目が奪えない。そうこうしている間にGKのミスから同点に追いつかれてしまう。ファンの怒号が聞こえてくる。しかし、そこで諦めはしない。立ち上がり、息を大きく吸い、目に力を取り戻して、彼らはまたゴールを目指して駆け出した。ファンもまた声援のボリュームを上げていく。
後半アディショナルタイムに訪れた遠藤による運命のゴールはきっと奇跡でも偶然でもない。試合終了の笛が吹かれるその瞬間まで、可能性は残されているのだから。そしてシュツットガルトの戦士たちは自分を信じて、仲間を信じて、ファンの力を信じて、戦い続けそしてその扉をこじ開けたのだ。
喜びを爆発させた数多くのファンがグラウンドになだれ込んでくる。泣いているのか笑っているのか分からない顔でみんながクラブの歌を歌って、騒いでいる。
試合後の監督記者会見はリモートで行われることになっており、質問はメッセージチャットで送れるようになっていたのだが、最初にそこへ送られてきたメッセージにはこのように書かれていた。
「質問をする必要があるのかな?」
記者陣みんなの気持ちを言い表していた。思わずこちらもにっこりしてしまう。ここにある風景がすべての答えではないか。こちらも仕事なので、しばらくしてからみんな質問はしたけれども、それくらいスタジアムはいつまでも素晴らしい雰囲気だった。
ピッチ上では遠藤がマイクを持ってファンに挨拶をし、チームメイトに胴上げをされている。「遠藤のゴールがこの風景を作ったんだよな」としみじみした後ふと思い出した。今シーズン、チーム最初のゴールを決めたのも遠藤だったことを。
“Ende gut,alles gut!!”という日本語に訳せば、「終わり良ければすべて良し!」という表現をもじって、”Endo gut, alles gut!!”「エンドウが良ければすべて良し!」という表現がよく地元メディアでも使われていた。
「本当に遠藤が最初から最後まで道を作ってくれたんだな」。そう思いながら何度も宙を舞う偉大なキャプテンの姿を目に焼き付けていた。
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)
中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。