本田&ミランを再生へと導くフィリッポ・インザーギ 若き指揮官が内に秘める信念と野望
「自分が現役時代に受けた嫌な思いは繰り返させない」
「(スタメン落ちなどの)言いにくいことでも、面と向かって伝えてくれる監督であれば、選手は敬意を抱くものだよ。自分が現役時代に受けた嫌な思いは繰り返させない」
リーグ戦では、白いシャツを肘までまくり上げ、ベンチとテクニカルエリアを忙しなく往復しながら、若い選手たちを鼓舞し続けた。同時に、いつかセリエAのトップチームを指揮するため、イタリアサッカー協会のナショナル・トレセン内にある監督ライセンス講習に通い、指導の理論と実践を学びつつ、現場で自らの頭と体に覚え込ませていった。
泥くさくゴールを追い求めた現役時代の姿勢そのままに、監督インザーギはサッカーに対して貪欲であり、謙虚だった。
“スーペル・ピッポ”がアテネでビッグイヤーを掲げた07年をピークに、名門ミランの成績は下降線をたどっている。
10-11シーズンこそ8年ぶりのスクデットを獲得したが、攻守の立役者は、エースのズラタン・イブラヒモビッチと守備の要であるチアゴ・シウバの助っ人たちだった。タイトル防衛に失敗した翌シーズン、ミランは彼らをパリサンジェルマンへ売却。ロッソネロの金庫は、彼らの高給負担に耐えられなかったのだ。
80年代中盤以降、大富豪シルヴィオ・ベルルスコーニの財力に物を言わせ、世界中の一流選手を買い集めたかつてのミランは、もはや記憶のかなたにしか存在しない。
伊紙『ガゼッタ・デッロ・スポルト』の最新調査報道によれば、今季の欧州カップ戦出場を逃したミランの大幅減収は必至とされ、その売上高は2億ユーロ強にとどまる見込みだ。石油マネーや国際ファンドが席巻する近年のCLを見れば、資金力がピッチ上の競争力にほぼ直結していることは論を待たない。レアル・マドリードは、12-13シーズンに欧州最高となる約5億2000万ユーロの総売上高を記録し、昨季10度目のCL優勝を果たした。
翻って、ミランはイタリア国内の覇権を取り戻したユベントスとの相対的な戦力差も年々広がり、チームのモラルもプレーのアイデンティティーも失われた。
悪童マリオ・バロテッリをエースに擁して臨んだ昨季は、序盤から二桁順位で低迷した。今年1月、昇格クラブのサッスオーロに衝撃的な4失点黒星を喫し、アッレグリ監督がシーズン途中で解任。ミランは13年ぶりの非常事態に見舞われた。
プリマヴェーラ(ユースチーム)監督に昇格していたインザーギは、後任の有力候補に挙がった。彼は指導者としての経験不足や、時期尚早といぶかる周囲の不安を承知の上で、この窮地を任されるべきは自分だ、と信じて疑わなかった。
だが、新指揮官に据えられたのは、ブラジルで現役を続けていたクラレンス・セードルフだった。オーナー一家の強い意向で招聘された新監督には、破格の年俸250万ユーロが用意された。
現場の監督経験を全く持たない戦友が、引退後も下部組織で奉公し続けてきた自分よりも先に栄えあるミランのベンチへ座ることに、インザーギが複雑な感情を抱かないはずがなかった。
当時、セードルフの就任会見取材のために訪れたミラネッロ練習場で偶然、インザーギとすれ違った。硬くこわばった表情に無念さをにじませる一方、漂わせるすごみと精悍さが強く印象に残った。
じくじたる思いを抱えたインザーギは、黙してプリマヴェーラの指導に専念した。そして、春に行われた国際ユーストーナメント「トルネオ・ディ・ヴィアレッジョ」の優勝タイトルをもたらした。ミラン育成部門にとって11年ぶりの快挙だった。
一方で、指導経験ゼロのセードルフに率いられたトップチームは混乱を極めた。戦術や練習指導法は一貫せず、起用の不公平感から選手たちは分裂。士気の低下したチームにホームのサポーターたちまでもが怒り狂った。8位に終わり、ヨーロッパリーグ出場圏すら逃したセードルフは、シーズン終了後にあえなく解任された。