リバプールとクロップの相思相愛 イングランドの長所を現代風にアレンジ――捨て切れない郷愁を合理的な形で蘇らせた
【識者コラム】リバプールとクロップ監督が築いた幸福な関係
リバプールがFAカップで優勝し、今季2冠を達成した。リーグカップ決勝と同じくチェルシーとの対決はまたもPK戦決着だった。プレミアリーグの逆転優勝は難しいかもしれないが、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)と合わせて4冠の可能性は残っている。
ユルゲン・クロップ監督が就任したのは2015-16シーズンの10月、ゲーゲンプレッシングで新風を吹き込んだ。そこからの5シーズンは極めて順調と言える。16-17はサディオ・マネを獲得、17-18はモハメド・サラー、アンドリュー・ロバートソンが加入してCL準優勝。18-19にはナビ・ケイタ、ファビーニョ、アリソンが加わりCL優勝。19-20は念願のプレミア制覇を成し遂げている。着々と必要な戦力を獲得し、それにともなってタイトルも付いてきた。
マンチェスター・シティというライバルがいなければ、もっとタイトルを獲っていたはずだ。だが、シティがいなければリバプールがここまで進化することもなかったかもしれない。
20-21シーズンにはチアゴ・アルカンタラを獲得。このシーズンは負傷もあってあまりフィットしなかったが、今季はチアゴのゲームメイクでチームが一回り大きくなった感がある。「ストーミング」と呼ばれるハイテンポの攻守に緩急が加わり、よりトータルでバランスの取れた穴のないプレーになった。ある意味、少しシティに似てきた。一方、シティもリバプールの長所を採り入れているところもある。まさに切磋琢磨。リバプールはピークに達したかに見えて、もう一つ伸びた結果が今のところの2冠なのだろう。
クロップ監督とリバプールの相性も良かったのだと思う。
イングランドにはロングボール戦法への郷愁に似た感情があった。情熱とアドレナリン、肉弾戦がなければフットボールではないという思いとともに、それが時代遅れという自覚もあった。勝つためにやらなければいけないことと本当に求めているものの間に、隙間があったと思う。
クロップ監督は諦めかけていたものを合理的な形で現代に蘇らせた。イングランドの長所であるハードワークや闘争心を上手く現代風にアレンジしてくれた。ファンにとって、腑に落ちる感じだったに違いない。
1970年代にボルシア・メンヘングラードバッハ(ボルシアMG)をヨーロッパの強豪へ引き上げたヘネス・バイスバイラー監督のプレースタイルはドイツに大きな影響を与えている。いわば爆発的な自己解放のスタイルだ。ドイツといえば厳しいマンマークの守備に代表される規律が特徴だったが、ボルシアMGはマークしていた相手を放り出して攻撃へ転じるやり方で新しい風を吹き込んでいる。規律正しさと同時にそこからの解放や自由への渇望もあるドイツ人気質をすくい上げる戦い方だった。バイスバイラーとクロップに直接の関係はないが、両者の戦法には同種のカタルシスがある。
全盛期のバルセロナを「退屈」と言ってのけたクロップと、捨て切れない郷愁を抱えていたリバプール。相思相愛の幸福な関係を築けたのはサッカーにとっても幸運だったのではないだろうか。
(西部謙司 / Kenji Nishibe)
西部謙司
にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。