秀岳館高サッカー部の暴行疑惑で露呈 日本に根付く“非効率な育成”と抜本的改革の必要性
【識者コラム】怖い指導者が課す長時間練習が常態化すると、選手たちの防衛本能が働く
“日本サッカーの父”と呼ばれたデットマール・クラマー氏が、特別コーチとして初めて来日してから60年以上が過ぎた。最初に選手たちが驚いたのは、コーチが率先して汗を流すことだった。まだリフティングという概念が輸入されていなかった時代のことである。クラマー氏が率先して見せるテクニックは、誰も真似ができない至芸だった。
当時、指導を受けた選手が語っていた。
「日本では指導者は椅子にふんぞり返って指示を出すばかり。それが当たり前でしたから」
だが、秀岳館高校サッカー部での暴行映像を見れば、多くの日本のスポーツ現場が戦後15年程度しか経過していなかった60年前と、あまり本質的に変わっていないことが分かる。ただし反面、事件発覚後も責任者が顔を出さず、選手たちが慌てて謝罪動画を流す茶番が一層疑惑を深めていく様は、世相と学校や部活に携わる関係者の見識との著しいギャップを浮き彫りにした。
海外で指導経験を持つコーチたちは、異口同音に彼我の相違を指摘する。
「海外の子どもたちは、些細なことでも大袈裟なほど自信を持っている。それに対して日本の子どもたちは、相当に高いレベルのことができても自信がなく、早くから課題ばかりを意識している」
かつて清水エスパルスを天皇杯制覇に導き、日本の指導現場も熟知するゼムノビッチ・ズラブトコ氏(現・相生学院高校コーチ)は、「小学生が一番面白いサッカーをしている」と語っていたが、それは「日本の子どもたちはチームに所属した途端にチャレンジをしなくなる」というイタリア人のルカ・モネーゼ氏(ACミランアカデミー千葉で指導)の指摘とも符合する。
「コーチが怖いから」とネガティブで外発的な動機づけでプレーすることに慣れた選手たちは、単純作業を義務的にこなす技術は習得できても、独創性や創造性を磨くことはできない。
また、怖い指導者が課す長時間練習が常態化すると、選手たちの深層心理では防衛本能が働く。コーチが見ていないところで力を抜かないと身体が持たないから、今では現役を退いた名手たちから「休むためにわざと怪我をした」などというエピソードまで明かされている。
加部 究
かべ・きわむ/1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。