【名将秘話】オシムが“創造”を強要したワケ 「ブラボー」なアイデアを追い求めたロマンティストの実像

選手から面白いアイデアが出るとすかさず褒め、「震えるほど嬉しい」と選手も歓喜

 オシム監督はアイデアを重視していた。練習ではアイデアを強要するようなメニューを組み、自身もさまざまなアイデアを選手たちに投げかける。選手を上回るアイデアでなければ効果はない。オシム自身がボールを蹴ることはないが、閃きの部分では選手と勝負していて、ある意味サッカーが上手くなければできない指導方法だった。

「ブラボー!」

 選手から面白いアイデアが出るとすかさず褒める。あまり褒めない監督なので、ブラボーが出ると、「震えるほど嬉しい」と言っていた選手もいた。

<今のはお前の勝ちだ>

 サッカーの上手い(上手かった)監督と勝負して認められれば嬉しい。もっとやろう、アイデアを出してやろうという気持ちになる。エクストラキッカーとは、最も優れた技術とアイデアも持つ選手と言っていいだろう。

 3人並べるのは初めてではない。1990年ワールドカップ準々決勝ではドラガン・ストイコビッチ、サフェト・スシッチ、ロベルト・プロシネツキの3人を並べている。前半に退場者が出て10人になっても3人は残したままだった。後半16分に疲労したスシッチを下げているが、代わりに入ったのがデヤン・サビチェビッチなのでエクストラキッカーは3人のままである。ちなみにこのアルゼンチン戦のPK負けはオシム監督のトラウマとなり、PK戦を直視できなくなったそうだ。

 アジカップでは、サイドバック(SB)が中村俊や遠藤を追い越す動きをパターンとして採り入れている。SBのオーバーラップからのクロスという狙いが1つ。ただ、これはむしろ陽動だ。SBが追い越しをかけると、例えば中村俊と対峙しているDFは先に日本代表のSBをつかまえるために下がる。そして、中村俊を戻ってくる味方に受け渡す。そのため中村俊は一時的にフリーになるので狙いすましたクロスを蹴るチャンスがある。相手は先に中村俊のマークを捨てなければオーバーラップしてきたSBに突破されてしまうので必ずそうする。しかし、この2つめの狙いもメインではない。

 サイドの1人が下がることで守備ラインも下がる。自陣ゴールへ向かうベクトルが示される。つまり、ディフェンスラインの手前が空く。そこへ中村憲剛や遠藤が入ってくる。そこで何が起こせるかはアイデア次第だ。だからエクストラキッカーは最低2人、できれば3人だったわけだ。

 アイデアを出すまでの段取りはつける。ただ、そこから先は選手次第。数学の答えは1つでも解き方は1つではなく、サッカーの最終的な答えはゴールだがアイデアも1つではない。オシムは創造を強要している。アイデアを出し、創造し、ブラボーでなければ勝てないサッカーをしようとしていた。

 入浴中に原理を思いついたアルキメデスは風呂から飛び出し、素っ裸で街を走ったという。

<エウレカ!>

「分かった!」と叫んでいたそうだ。ユリイカ、ヘウレーカと発音はいくつかあるみたいだが、アイデアの勝利の叫びである。オシムのブラボーはエウレカだ。解いてみろと提示した問題に気鋭の3人が挑んだ。何が出てくるか、それでどこまで行けたかは分からない。ただ、とてもロマンティックなアプローチだった。

(西部謙司 / Kenji Nishibe)

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西部謙司

にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。

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