【名将秘話】ミシャ監督も断言「アーティストだと思う」 サッカーと数式とオシム――複雑さを凝縮した単純さこそが美しい
シンプルな答えに行き着くまで、黒板いっぱいに数式を展開するように話すオシム
オシムにインタビューしたことが何度かあるが、いずれも一問一答形式にはならなかった。いつも最初の質問に15分間ぐらい答えられてしまうからだ。
雑誌のインタビューだと、短い受け答えだけでも30分もやれば予定の分量の半分ぐらいはカバーできる。15~20分も喋られてしまうと、もうそれで短めの記事なら1本できてしまうだろう。
オシムは察しがいいのか、最初の質問でこちらの聞きたいことの全体像をほぼ把握できているようで、最初の質問への回答で残りの質問に対する答えもほぼ話してしまう。その途中では「質問に答える気がないのか?」と思ってしまうのだが、最終的には質問に対する回答はくれる。結論はシンプルなのだ。ただ、そこへ辿り着くまでの過程が複雑だった。
いろいろな可能性について話す。結論とは反対の意味のことについてもしっかり言及し、そのほかのアイデアやそのバックグラウンドについても話す。シンプルな答えに行き着くまで、黒板いっぱいに数式を展開していくようだった。
サッカーはシンプルなスポーツだ。単純さの中にこそ美しさがある。
しかし、その単純さの背後にはとてつもない複雑さが存在し、複雑さを凝縮した単純さこそが美しい。ポンと返しただけのワンタッチパスの前には、複雑な思考といくつものアイデアが眠っていて、その中の1つを除いたすべての選択肢を捨てることでアウトプットとして表出されるのがただのインサイドキックだったりするわけだ。
複雑さを内包した単純さ。それが毎秒ごとに不規則に連続していくサッカーの中に、オシムはどんな美しさを見ていたのだろう。
※「Vol.4」に続く
(西部謙司 / Kenji Nishibe)
西部謙司
にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。