【名将秘話】ミシャ監督も断言「アーティストだと思う」 サッカーと数式とオシム――複雑さを凝縮した単純さこそが美しい
【識者コラム/vol.3】サッカーに隠された数式、見る人が見れば美しいに違いない
1990年イタリア・ワールドカップでユーゴスラビア代表をベスト8へと導いたボスニア・ヘルツェゴビナ出身の知将イビチャ・オシム氏は2003年に来日し、ジェフユナイテッド市原(現・千葉)の監督に就任。「人もボールも動くサッカー」というキーワードを掲げて05年にリーグカップを制すと、06年に日本代表監督に就任した。07年11月に病に倒れて表舞台から離れたなか、日本サッカー界に衝撃を与えた名将の当時を振り返る。
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“ミシャ”ことミハイロ・ペトロヴィッチ(現・北海道コンサドーレ札幌監督)はシュトルム・グラーツでイビチャ・オシムのアシスタントコーチだった。オシムをよく知る人物の1人だ。
「アーティストだと思う」
ミシャのオシム評だ。単に勝敗を競うだけではなく、美しさをサッカーに求めているという意味だろうか。サンフレッチェ広島、浦和レッズ、札幌の監督を歴任してきたミシャ監督は一貫して勝利だけにとどまらないサッカーを志向している。Jリーグきってのロマンティストかもしれない監督が言うぐらいだから、オシム監督にはどこか芸術指向があったのだろう。
2005年、台湾の台北101という超高層ビルに不思議な文字がライトアップされた。
E=mc2
アルベルト・アインシュタインの有名な数式だ。<エネルギー=質量×光速度の2乗>を表していて、式自体は1907年に発表されている。これが当時世界一高いビルに映し出された理由は「世界物理年」だったからだそうだ。それにしても世紀の大発見とも言える数式が、こんなにシンプルなものなのかと驚かされた。
数学者は数学を「美しい」とよく言う。原子爆弾やコンピュータだけでなく、なめらかな波やそよぐ風にも数式は存在する。それを読み解ける人にはとても美しいそうだ。
オシムは数学を専攻していた。
サッカーにどんな数式が隠されているかは分からないが、そこになんらかの真理があるなら、それは数式にできるだろうし、見る人が見ればとても美しいに違いない。
西部謙司
にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。