【名将秘話】「言うべきではない」一言で会場に笑い 悲しい時に笑うオシムの恥ずかしそうな表情と“本心”
自負をのぞかせながら敗戦の弁、笑いに変えて重苦しい空気を払拭
結局、オシム監督は先発メンバーを代えなかった。準決勝のサウジアラビア戦の先発からは巻誠一郎が外れ、山岸智が入っていたが、山岸は初戦の先発メンバーでもあり大きな変更は何もないといっていい。
メンバー表が配られた時の記者室の雰囲気は「え?」という感じ。もっとメンバーチェンジがあると予想していた人が多かったようだ。会見の様子では、どちらかといえばメンバーを代えるほうに傾いていると解釈しても不思議ではない。監督自身がまだその時点で決めていないのだから分かるはずはないのだが、例によって両方の可能性に言及していて、「代える」分量が多めではあったからだ。
韓国との試合は0-0の末にPK戦で敗れた。韓国が退場者を出したせいもあり、日本が優勢の流れだったが不運もあって得点できなかった。
メンバーを代えなかった理由については、
「負けた時はメンバーを代えるというサッカーの一般的な原則があるが、私は反対のことをしてみた。もう一度チャンスを与え、その結果がどうか見たかったからだ」
オシム監督はアジアカップのチームに手応えを持っていた。2人のCB、3人のプレーメーカー、プレーメーカーを追い越してバイタルエリアに3人のためのスペースを広げるサイドバック(SB)……テクニックとアイデアを重視したスタイルだ。
心境は? そう聞かれると、
「監督とジャーナリストでは思考回路が違う。サウジアラビアに負け、今日もPK戦で敗れたことで破滅的な雰囲気を作ろうとしている、つまり監督をクビにしようしているなら……」
と、オシム監督が言ったので、質問者が「そんなことは全然言っていない」と遮ると、「私がそう感じているので……」と言い訳をした。前日会見では何度か「監督の責任」について話していて、周囲よりも本人が更迭の可能性と責任を感じていたのだろう。
その後、気を取り直したように過去に優勝した日本代表と比べてもいいプレーをしていたという自負をのぞかせながら、最後に「心境は?」という質問を思い出したのか、こう言って敗戦の弁を締めくくった。
「言うべきではないかもしれないが、ズボンを下ろして見せてはいけないものを二度続けて見せてしまった心境だ」
まあ、「言うべきではない」わけだが、男性がほとんどの会場は笑いに包まれた。もう昨夜のような重苦しい空気はなくなっていた。ただ、狭い会場から巨体をひきずるように去っていくオシムの表情が、本当に恥ずかしそうだったのを覚えている。
(西部謙司 / Kenji Nishibe)
西部謙司
にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。