進撃のアーセナル冨安、“世界最高峰”への最適解は? 右SBに膨らむ期待ともったいなさ
アーノルドらエキスパートと比較して語るのはまた違う
Jリーグのアビスパ福岡ではデビュー当初、冨安をボランチで起用していたことがあった。CBではあまり目立たなかったが、相手のプレッシャーを苦にせずボールを捌くというセンスはもともとあったのだ。それがベルギーのシント=トロイデン、さらに可変性SBでの起用が増えたボローニャで磨かれて、アーセナルで花開いたと言える。
ただし、やはりボローニャでは右SBと言っても実質的な3バック右の要素が強く、あくまでCBの延長線上であったのに対して、アーセナルではサイドラインの仕事が明らかに増えているなかで、新たな冨安像を示していることは目を見張る。それでも攻め上がりの仕方などを見ればやはりサイドのエキスパートというより、本職CBの選手が恐るべき対応力でこなしているという見解の方が強い。
そもそも現代フットボールにおいてSBらしいSB、CBらしいCBと言ったスペシャリストの固定観念はなくなりつつあり、スペイン人のアルテタ監督が率いるアーセナルにおいてはボローニャとまた違った意味で、ユーティリティーな素養が求められているのも確かだ。おそらくアーセナルもそうした見込みがあったからこそ、SB起用を見越して冨安の獲得に踏み切ったのだろう。
そうは言いながら、ここに来てクロスからのチャンスメイクも増えている。昨年11月のニューカッスル戦では右サイドからノートラップの浮き球パスでマルティネッリのスーパーゴールをアシストし、より純然たるクロスからアシストを記録する日も遠くなさそうだ。その意味では冨安も右SBとしてさらなる進化の過程にあるのかもしれない。
現時点で例えば、世界最高峰の右SBの1人と評価されるリバプールのトレント・アレクサンダー=アーノルドなど、エキスパートと比較して語るのはまた違うようにも思える。そして個人的な見解を言わせてもらえば、このままCBではなくSBで開拓していくことには期待と同時に、もったいなさも感じるのだ。
現代サッカーではセンターバックのような働きも求められるが、最後のところでやらせなければ、相手はゴールを奪うことはできない。最後にゴールを守るのはGKの役割だが、どうしてもノーチャンスというシーンは出てきてしまう。しかし、CBの場合はよほど遠目からスーパーゴールを決められない限り、失点されることはない。
アーセナルの失点数は上位のマンチェスター・シティ、チェルシー、リバプールに比べてかなり多い。ほとんどその差が勝ち点差にも直結していると言っても過言ではない。ここまで冨安の右SBでの仕事は100%と言わないまでも、かなりそれに近いもので、そこを極めたとしても、ディフェンス面でSBからさらに関与できることは限られるだろう。
しかし、現地メディアの報道によれば冨安の活躍もあって、アーセナルは冬の市場でのSB獲得を止めて、別のポジションに資金を投入する方針も伝えられている。ここから本職のSBとしてさらに磨きをかけていけば、多様性が進む現代サッカーにおいて従来のスペシャリストを差し置いて世界最高峰のSBの1人に数えられる日も来るかもしれない。
河治良幸
かわじ・よしゆき/東京都出身。「エル・ゴラッソ」創刊に携わり、日本代表を担当。著書は「サッカーの見方が180度変わる データ進化論」(ソル・メディア)など。NHK「ミラクルボディー」の「スペイン代表 世界最強の“天才脳”」を監修。タグマのウェブマガジン「サッカーの羅針盤」を運営。国内外で取材を続けながら、プレー分析を軸にサッカーの潮流を見守る。