“お手本”長谷部誠がいることの恩恵 フランクフルトが「守りづらいチーム」へ進化した理由

長谷部が常に考える「今、自分とチームは何をすべきか」

 さらに、長谷部は味方選手へ確かなメッセージを送り続けている。あれはヨーロッパリーグ(EL)のグループステージ第5節ロイヤル・アントワープ(ベルギー)戦だったか。こんなシーンがあった。相手のロビングボールを柔らかなトラップで懐に収めた長谷部が近くへサポートに来ていたDFエバン・ンディッカへボールを渡した。ンディッカがそのままGKへバックパスを返そうとすると、長谷部がこれを大きなジェスチャーと声でストップ。「相手のプレスもない状況で意味もなく下げるんじゃない!」というメッセージだった。

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 GKへパスを戻すと自分たちの組織を作り直す時間ができる。でも、それは同時に相手にも帰陣の時間を許すことになる。ある程度自分たちの組織が整っているなら、不用意に下げずに攻撃的な選択肢を持たないといつまで経っても状況は変わらないのだから。

 酸いも甘いも噛み分けることが経験のなす業だとされるが、長谷部はいつでも「今、自分は、自分たちは何をすべきか」を考え続けている。どれだけ感情的なシーンでも、それに流されないように。前述したロイヤル・アントワープ戦では1-2と相手にリードを許してしまう苦しい展開だったが、アディショナルタイムにMFフィリップ・コスティッチのクロスを途中出場のFWゴンザロ・パシエンシアがヘディングで合わせて土壇場での同点ゴール。歓喜爆発の瞬間だが、そんな時でも長谷部はゴールの瞬間だけ喜ぶとすぐにベンチに走り、オリバー・グラスナー監督と言葉を交わしていた。アシスタントコーチもベンチを出てきて言葉を交える。残り時間どうプレーをするのかの確認だ。まだ試合は終わっていない。喜ぶのも悔しがるのも試合が終わってからすればいい。最後までやるべきプレーを追及する。

 長谷部の立ち振る舞いすべてが若手選手にとって貴重な学びとなっていることだろう。そんな存在がチームにいることがどれだけ大きな助けとなるか。グラスナー監督からは称賛の言葉ばかりが聞こえるがそれは決してリップサービスなどではない。どこまで行くのだろう。2022年も間違いなく目が離せない。

(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)



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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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