「あ、自分の強みなんだ」 阿部勇樹を“変えた”…今に至る礎となった名将オシムの言葉
オープンな人柄のミシャ監督にも感謝 「『サッカーを楽しめ』と…」
また、阿部の浦和復帰とミシャの愛称で知られるペトロヴィッチ監督の就任が重なった12年は、前年にリーグ残留争いをやっとの思いで切り抜けたチームで、キャンプでは指揮官が「パスが3本もつながらない」と頭を抱える状態だった。それでも、ミシャ監督は「サッカーを楽しむ」ことをチームに繰り返し浸透させ、ネガティブな空気を払しょくしていった。徐々に好成績を残していく浦和の中心には、そのサッカーと同様にポジティブでオープンな人柄のミシャ監督の姿があった。
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引退会見で阿部は「オシムさんには当時から『よく考えろ。考えて走って、考えてプレーしろ』と言われていました。その『考えろ』という言葉が心の中に強く残っています。ミシャ監督には『サッカーを楽しめ』とよく言われました。自分が楽しまなければ、観ている人を楽しませることはできないと思います。まず自分がトレーニングから、そして試合でしっかりと楽しんでプレーすること、それを大勢の方に伝えることが大事だと学ばせていただきました」と、恩師たちについて話した。
2人の偉大な指導者について「どんなにがんばっても、オシム監督やミシャ監督のようにはなれません。ただ教えていただいた考え方だったり、学んだことだったりというのは、間違いなく自分の中で生きるものだと思っています」と話す阿部は、「大事なのは自分がどういう色を出していくのか。誰かのマネではなく、自分がこういうサッカーをしていくんだという考えを強く持つことが大事なのかなと思っているので、お二人に負けないような指導者になっていけるようがんばっていきたい」と話す。
ミシャ監督も、若き日にオシム氏のアシスタントコーチとして多くのことを学んだと述懐することもある。その2人の系譜を色濃く継ぐ阿部が、どのような指導者になっていくのか日本中のサッカー関係者が楽しみにしているはずだ。
(轡田哲朗 / Tetsuro Kutsuwada)