1人のみの”孤独ポジション”ゆえの友情 ボーフムGK陣が白熱のPK戦で見せた固い絆
【ドイツ発コラム】GKにはGKだからこそ分かる友情がある
GKは孤独なポジションだ。起用されたGKは1人で大きなゴールを守り、1人で責任を背負い込む。ちょっとしたミスが致命的な失点へと結びついてしまうプレッシャーと向き合い続けなければならない。プレーする機会を虎視眈々と待ち続ける第2GK、第3GK。1つのポジションを巡る戦い。GKにはどこか悲壮なイメージがあるかもしれない。でもGKにはGKだからこそ分かる友情もある。
日本代表FW浅野拓磨が所属するドイツ1部ボーフムがアウクスブルクと対戦した、10月27日のドイツカップ2回戦で見られた光景を紹介したい。
この試合、前半からファンの大声援をバックに主導権を握ったボーフムは後半途中まで2点リードを奪い、快勝ペースに持ち込んでいた。ところが、アウクスブルクが後半10分のセットプレーから1点を返すと急に流れが変わり、その3分後には同点ゴールが生まれてしまう。そこからはカップ戦らしい激しい肉弾戦の連続が繰り広げられ、90分で決着がつかずに延長戦へ。疲れの見える両チームは最後のところでプレー精度が鈍り、なかなか試合を決定づけることができない。このままPK戦かと思われた延長後半12分、ボーフムのトーマス・ライス監督はGKの交代を決断する。
この試合スタメンで出場していたミヒャエル・エッサーに代わり、マヌエル・リーマンが出場。PK戦直前のGK交代というのは例がないわけではない。今夏に開催された欧州選手権(EURO)でもあった。ただ試合というのにはリズムがあり、スタジアムには雰囲気がある。いくらこれまでの試合や練習でのPK阻止率が高いからといって、それがそのままその試合で発揮できるとは限らない。交代を余儀なくされたGKの心情というものだってある。
果たしてこの交代がどんな結末を演出するのか。ファンもドキドキで見守ったことだろう。結果として吉となった。ただし、予想とは違う形で。リーマンは5本のシュートのうち1つも止められず。ただ5人目のアルネ・マイアーのシュートが空へと消えたことで、ボーフムのラストキッカーが決めれば勝利というところまでは運んだ。
この局面で重圧を背負うのは誰だとスタジアムのファンが固唾をのんで見守るなか、ボールを拾い上げたのはそのリーマンだった。スッとボールをセットすると、焦りも見せずに見事ゴール左へとシュートを決めた。PK戦のための交代だったのは間違いないが、まさかラストキッカーとしてチームを勝利に導くとは――。両手を広げてピッチを駆け抜けるリーマンを選手やスタッフが後ろから追いかけて押し倒し、もみくちゃになっていく。
中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。