心の炎を燃やせ――マンUに根付く理屈抜きの美風 「らしさ」だけでは勝てない
【識者コラム】ノルウェー人指揮官がユナイテッドらしさを取り戻すことに成功
ずいぶん前の話だが、「自分さがしの旅」というのが流行った。いや、別に流行っていなかったかもしれないが、そういう風潮がちょっとあった。ひょっとしたら今でもあるのかもしれないが。
自分さがしの旅というと何だかカッコいい気もしたが、当時から「さがすものなのか?」という疑問があったのは覚えている。「自分」はそこにあるものだろう、さがすから見つからないんじゃないか? いや、さがしちゃダメだろ。永遠に旅が終わらないぜ。そう思っていた。
プレミアリーグ第9節、マンチェスター・ユナイテッドがリバプールに0-5の大敗を喫した。ビッグクラブは皆そうだが、そのクラブらしさがある。ユナイテッドは「らしさ」の強いクラブだ。
アレックス・ファーガソン監督が退任してから迷走していた。ユナイテッドらしさのいくぶんかは、ファーガソン監督らしさだったのだと思う。同じスコットランド人のデイビッド・モイーズがファーガソンの後を継いだが、ユナイテッドらしさをどう解釈したのか、ハイクロスを放り込み続けるというファーガソン時代以前に回帰してしまっていた。
ファーガソン監督にはやり残した仕事があった。UEFAチャンピオンズリーグ(CL)決勝で2度対戦して完敗していたバルセロナにどう対抗するかだ。香川真司を獲得したのも、ユナイテッドに新しい風を入れたかったからだろう。今までと同じではいけない、新しいものを採り入れていくべきだと感じていたと思う。モイーズはそれには不向きだったが、次のルイス・ファン・ハール監督はうってつけの人材のはずだった。
バルセロナのサッカーの源流はオランダだ。ベテランのオランダ人指揮官には戦術的改革が期待されていた。ところが、理詰めのオランダ方式はユナイテッドらしさとは水と油。すっかり「らしさ」を失ってしまった。満を持してのジョゼ・モウリーニョ監督は勝利へ邁進していく気概でユナイテッドらしさはあったものの、もうその時にはライバルのマンチェスター・シティやリバプールにかなり水を開けられていて、モウリーニョでさえ旧式の監督になっていた。
オーレ・グンナー・スールシャール監督は経験も浅く、たぶんそんなに期待されていなかった。しかし、かつてフォーガソン監督の下で黄金時代を担ったノルウェー人指揮官はユナイテッドらしさを取り戻すことに成功した。
西部謙司
にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。