“危険”行為を逸脱したFC東京レアンドロの愚行 現代スポーツで悪役スターは成立しない
【識者コラム】名古屋戦で相手DF中谷に肘打ち、スタジアムに響いた被害者の悲痛な声
かつて英国にヴィニー・ジョーンズという「荒くれ」を売りにする選手がいた。自国リーグで通算12回の退場、104回の警告という最多記録を持ち、FAカップ決勝では開始3秒でイエローを受けたそうだ。1992年10月には、様々な反則を解説する「Soccer’s hard man」というタイトルのビデオを出して大ヒット。だが2万ポンドの罰金と6カ月間の出場停止処分が科せられた。
1988年にジョーンズと対戦した元イングランド代表のスターだったポール・ガスコインは、試合中一貫して「首筋に呼吸がかかる」ほどの密着マークを受け、脅され続けたと証言している。「耳を噛み切るぞ」と囁かれ、激しいタックルを受けた後には「また来るからな」とにやり。映像が限られ監視の緩かった時代のピッチ上では、こうして危険に満ちた心理戦が繰り広げられていた。
9月22日、5000人に満たない観客が見守る静かな味の素スタジアムで、被害者の悲痛な声が響き渡った。
「もう何回やってんだよ、レアンドロ。ほら、映像見てよ」
スタジアムのビジョンには、ボールを運びフィードした直後の中谷進之介(名古屋グランパス)に、追走するレアンドロ(FC東京)が肘打ちをするシーンが映し出されていた。さすがに今回ばかりは即座に退場処分が下された。
こめかみ辺りに傷を負った中谷は、試合後の会見で再度主張した。
「昨年から何度もやられている。Jリーグには、しっかり選手を守って欲しい」
現場でレアンドロの肘打ちを確認できたのは2度目だった。昨年8月のサガン鳥栖戦でも、背中に密着マークをする樋口雄太をプレーとは無関係に攻撃した。直前に樋口がファウルをしたので、威嚇を込めた行為だったはずだ。ただし、まだVAR導入前の出来事で、審判団は確認ができず当日はカードも出されなかった。
名古屋戦後にFC東京の長谷川健太監督は懸命に訴えた。
「前回(3試合出場停止処分になったガンバ大阪戦)は報復ですが、今回は苛立ちというより何とかしたいという想いから出た行為。報復でないことだけは分かってほしい」
しかしネット上には、レアンドロの様々な暴行シーンの映像が溢れており、それは「今まで何人もやられている」という中谷の主張を裏づけている。実際中谷のチームメートだけでも稲垣祥や木本恭生が肘打ちの被害に遭っており、FC東京が次に名古屋と対戦するルヴァンカップ準決勝2試合でレアンドロの出場を自粛するのも当然の措置だった。
加部 究
かべ・きわむ/1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。