サッカーで「心を動かす」 プロ生活2年の元Jリーガー、浦和で確立した育成指導の哲学
【元プロサッカー選手の転身録】渡辺隆正(元浦和)後編:引退直後に浦和の「ハートフルクラブ」で育成指導の道へ
世界屈指の人気スポーツであるサッカーでプロまでたどり着く人間はほんのひと握り。その弱肉強食の世界で誰もが羨む成功を手にする者もいれば、早々とスパイクを脱ぐ者もいる。サッカーに人生をかけ、懸命に戦い続けた彼らは引退後に何を思うのか。「Football ZONE web」では元プロサッカー選手たちに焦点を当て、その第2の人生を追った。
今回の「転身録」は2001年から2年間、浦和レッズに在籍した渡辺隆正(44歳)だ。地元の県立浦和高校から筑波大学を経て、夢だった浦和の一員となるも、強豪クラブへの階段を駆け上がる当時のチームで出場機会を掴めず、わずか2年でプロの世界に別れを告げた。現役引退後は浦和ハートフルクラブのコーチとして育成指導者としてのキャリアを積むと、FC今治を経て、2020年から浦和の下部組織を統括するアカデミーダイレクターに就任。後編では引退直後に携わった「ハートフルクラブ」で育成指導者としての第一歩を踏み出し、FC今治でも奮闘した日々を紹介する。(取材・文=河野 正)
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「小さなこだわりですが、レッズに入ったらレッズの選手で終わろうと決めていたので、違うチームでプレーすることは考えられなかった」
2002年に浦和レッズとの契約が満了となった渡辺隆正には、他クラブから獲得の申し入れもあったが、2シーズン限りでプロのキャリアに終止符を打った理由がこれだ。
02年11月、クラブから来季の契約がないことを伝えられた席上、新年度の新規事業として小学生を対象にした普及活動を立ち上げる計画を聞いた。合わせてコーチ就任を打診されるのだが、落合弘が責任者になると知り、二つ返事で引き受けた。スカウトとして筑波大学の渡辺にラブコールを送った人である。
その普及活動というのが、03年5月14日にスタートし、今では浦和の看板事業の一つになっているハートフルクラブだ。
子どもたちの心を育むことが活動の本義で、仲間を信頼して思いやる心、互いに楽しむ心、一生懸命やる心の大切さを伝えてきた。キャプテンの肩書きで陣頭指揮を執る落合は、芸事の修行段階に使われる“守破離”の考え方を引用し、土台をつくり上げながら(守)、個性を打ち出し(破)、新たな楽しみを生む(離)――という発想で子どもたちと接している。
渡辺にとっては、指導者としての“守”を身に付けた4年間となり、初めてボールと戯れる少年少女に、サッカーの楽しさをどう伝えればいいのかを学んだ。「ハートフルクラブの経験こそ育成年代に携わる自分のベースです」と感謝し、「人の心を動かすことが指導の原点だと感じた」と当時に思いを馳せる。温厚篤実に心から発した言葉でないと、子どもには響かないことも知った。
河野 正
1960年生まれ、埼玉県出身。埼玉新聞運動部で日本リーグの三菱時代から浦和レッズを担当。2007年にフリーランスとなり、主に埼玉県内のサッカーを中心に取材。主な著書に『浦和レッズ赤き激闘の記憶』(河出書房新社)『山田暢久火の玉ボーイ』(ベースボール・マガジン社)『浦和レッズ不滅の名語録』(朝日新聞出版)などがある。