英国サッカーから人種差別が消えない理由 涙の19歳に卑劣な投稿、高まる撲滅への機運
EU離脱に見え隠れする“白人ファースト”の考え方
無論、もともと英国は白人の国だ。原住民のケルト民族をはじめ、バイキング(スカンジナビア系)、アングロサクソン(ドイツ系)、ノルマン(フランス系)と欧州大陸から様々な人種が流れ込んでいるが、共通して見た目は白い。そして今も、彼らが圧倒的な多数派であることは間違いない。
ボリス・ジョンソンはそんな多数派の白人層のなかにくすぶる不満をあぶりだした。もちろん、この他にも複合的な要因があるが、EU離脱票が国民投票の過半数を超えた最大の理由がここにある。反ヨーロッパ、つまり反外国人の意識をあおった成果であった。
実際、EUとの交渉が難航し、離脱日程がはっきりしなかった時期に「離脱を即有効にしろ」とロンドンの路上をデモ隊が埋めたが、この運動に参加したのは白人ばかり。英民放「チャンネル4」のニュース番組で、名物キャスターのジョン・スノーがデモを実況し、「完全にホワイト。ここまで白人がひとまとめになっているところは見たことがありません」と声を枯らして伝えたことでも明らかだ。
そんな“英国人ファースト”といった白人層の意識が、票になっているという背景もあるのだろう。ジョンソン首相は今回のユーロ2020でもBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動を継続させ、試合前に跪くポーズを続けたイングランド代表にブーイングを浴びせた一部のファンを「批判しない」と発言。黒人という少数派にいつまでも気を使うサッカー界に、苛立ちを示した形になった。
この発言には元マンチェスター・ユナイテッド主将のギャリー・ネビルが、「(ブーイングを許容した)国のトップからしてこうだ」と語って呆れたが、首相からしてこんなふうなのである。
だから、あれほど残酷な結末となったサカのPK失敗を見ても、同国人、しかも19歳少年に対する同情や心配より、平気で黒人であることを責める書き込みをする人間が生まれる。
こうした人間を後押しするのは、まず“英国人ファースト”をもう一歩押し進めた「元来白人の国なんだからすべて白人優先だ」という“白人ファースト”の考え方。そしてEU離脱が国民の過半数を占めたことで、白人が最も優れており、他人種は劣っているという伝統的な人種差別意識を肯定する追い風が吹いたことがある。だからサカやマーカス・ラッシュフォード、ジェイドン・サンチョに対し、きっと多くの同胞が自分の考えに賛同するに違いないという幻想に勇気づけられて、SNSの匿名性に隠れてはいるが、人種差別的な侮辱をする輩が公然と現れ、信じがたい残酷な言葉をむき出しにした。
しかし、近年の英国――国民投票でEU離脱が可決するまでは、人種差別撲滅が確実に進んでいたと思う。人種差別は恥ずべきことだという認識が定着しつつあったのだ。
森 昌利
もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。