19歳の涙と論争呼ぶ“PK人選”の背景 悲劇を知るサウスゲートが準備した緻密な戦略
25年前、悲劇の主人公になったからこそPK対策を徹底
一方、サウスゲート監督は試合直後の会見で、机の下でずっと両手を擦り合わせながら、何度も何度も瞬きをして、わずか数時間で体重が5キロは削ぎ落ちたようなやつれた顔に焦燥し切った表情を浮かべ、「すべては私の責任だ」と語り、PK戦敗退の責めを負った。
もちろん、結果だけを見て、サカを5人目にしたことを筆頭に、様々な意見を言うのは簡単だ。
そこでまず、これは声を大にして言いたいことだが、歴代のイングランド代表監督のなかでも、サウスゲートほどPK戦敗退の悔しさを知る人間はいないということである。
25年前の1996年、母国開催EUROのドイツとの準決勝で、サウスゲートがイングランド最後のPKキッカーとなった。アラン・シアラー、デイビッド・プラット、スチュアート・ピアース、ポール・ガスコイン、テディ・シェリンガムという正規の5人が全員成功した直後、先攻の6人目キッカーだった。
サウスゲートはセンターバックの選手。まさかDFがEURO決勝進出をかけた場面でPKを蹴るとは夢にも思わなかったに違いない。けれどもドイツも正規の5人が全員PKを成功させて、当時25歳のサウスゲートがPKを蹴ることになった。そしてGKが右側に動いたところに、そこに置きに行ったようなボールを蹴って、いとも簡単にGKと1対1のわずか12ヤードのシュートをセーブされてしまった。この直後、ドイツ6人目のアンドレアス・メラーが同じく右に動いたデイビッド・シーマンを嘲笑うように、豪快なPKをゴール中央に決めて、イングランドの自国開催となったEURO制覇の夢は散った。
そんな経験があるサウスゲートだから、監督となっても当然PK戦を意識した。大会中、何度かPK戦にもつれ込む可能性について聞かれると、「PK練習をトレーニングに取り入れている」「準備を整えている」と発言していた。
これは伝統的にPK戦を“運試し”と考えるイングランド人監督としては珍しい対応だ。そもそもイングランドがメジャー大会でPK戦績が悪いのは、この感覚に原因がある。PK戦は運試しであり「時の運」という考え方だ。
それは、クリスティアン・エリクセンの心停止もあり、今回のEUROでさらに注目されることになったが、スピード、そして運動量も格段にレベルアップされた過酷な試合内容に加え、日程も過酷な近代サッカーの現状のなか、今も準々決勝までは「引き分け再試合」とするFAカップの規定を見ても明らかだ。
昨シーズンはコロナ禍の影響で再試合を中止したが、プレミアのトップチームなら、激しいリーグ戦に加え、欧州カップ戦も戦うなか、世界最古のカップ戦という伝統と誇りを守るために今もイングランドでは再試合を行う。これもサッカー発祥国には「PK戦決着では本当の勝敗は決しない」という感覚があるからだ。
それに公式記録として、PK戦で負けてもその試合は引き分けとなり、負けとはならない。この事実も、こうしたイングランド人の感覚を助長させる一因ではないかと思う。だからこれまで、イングランド代表チームの監督がPKを積極的に練習させるという話を聞いたことがない。
森 昌利
もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。