131年ぶりの“掟破り”…エバートン就任劇が起きた背景 実直な男の地元“リバプール愛”
ベニテスの家族はリバプール監督に就任以来、郊外の高級住宅地に居住
当然、エバートン監督に就任して少しでも不甲斐ない負けが続けば、サポーターからとてつもない重圧がかかるだろう。来季は開幕から全く悠長なことは言っていられない。しかし戦略家のベニテスには勝算がある。チェルシーでできたことをもう一度繰り返し、こうした逆境を切り抜ける自信があるのだ。
かつてバレンシア監督就任1年目でリーガ・エスパニョーラを制し、リバプール監督就任初年度ではCL優勝を果たした。明らかな伏兵を率いて大きなトロフィーを勝ち取った。この実績は明確にベニテスが名将であることを証明するものであり、本人にとっても心の拠りどころであるはず。自分が指揮を執れば、必ず結果がついてくるという自負も強い。
だから、もう一つ上を目指すための投資を渋ったオーナーがいるニューカッスルの監督を続けることはできなかった。ただ単に残留を目指すだけでは我慢がならない。そういう意味でベニテス前にカルロ・アンチェロッティを招聘し、オーナーのファルハド・モシリが古豪復活を目指して誠実な投資を見せるエバートンは魅力的だ。
そして筆者はもう一つ、ベニテスがエバートン監督就任を決断した大きな理由があると考えている。それはベニテスが、イングランド北西部のリバプールという都市に“完全に定着している”ということである。
これは監督に限らず、選手の移籍についても言えることではあるが、サッカー的な環境、待遇、進歩はもちろん最優先されるべきこと。しかし生身の人間としての新たな環境への対応力も、成功への大きな条件となる。
特に外国のクラブに加入する場合はその条件をクリアすることが大切だ。言語、文化、それに天候といった違いに対応する能力が不可欠なのだ。
日本人の場合はまず言葉。長谷部誠があれほど長くドイツで活躍できるのは、まずはあの語学力。そして吉田麻也がプレミアリーグのサウサンプトンで7年半も活躍したのは、チームメートと対等にやり合う英語力のおかげでもあった。
話が少し横道に逸れたが、ベニテスの場合はこの逆の意味で、イングランド、しかもリバプールに適応し過ぎたという事実がある。心ないエバートンファンの仕業と思われるのぼりを使った脅迫に関しては前述したが、ベニテスの家族はリバプール監督に就任して以来、ずっと郊外の高級住宅地に居住し続けている。
森 昌利
もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。