エリクセンの心停止がサッカー界に問うもの 加速する「拝金主義」と選手の肉体的限界
【英国発ニュースの“深層”】全世界が凍りついたEURO初戦で起きたエリクセンの心停止
1990年代後半から数年間、某有名男性ファッション誌の編集長を務めた筆者の兄貴的存在であるH氏は、筋金入りのサッカーファンである。なんと1979年に日本で行われたワールドユース選手権(現U-20ワールドカップ)を観戦し、生のディエゴ・マラドーナを目撃している。しかしこれだけの大会でも「当日券が買えた」と話しており、野球全盛だった日本で日陰の存在だった当時のサッカー人気も窺える。
それはともかく、H氏が今も熱烈なサッカーファンであることは変わらず。毎回、欧州選手権(EURO)やワールドカップ(W杯)といったメジャー大会が始まると、短い、まるで俳句のような独特の文面で、試合の感想を伝えてきて面白いのだ。
前評判以上に気合いが入っていたイタリアや、“化け物”ロメル・ルカクが覚醒したベルギーには素直にやんやの喝采を送り、少々ぞんざいな印象のイングランドにはかなりの毒舌で注文を出した。そして圧倒的に試合を支配しながら0-0でスウェーデンと引き分けたスペインの、メジャートーナメントで必ず出現する典型的な不運には“あるある”の達観コメントが届いた。
しかし、現時点までのEUROで最大の話題を独占したのは、H氏をはじめ、多くの日本人サッカーファンが最大8時間の時差に耐えながら熱視線を送る激戦の数々ではなく、デンマーク代表MFクリスティアン・エリクセンの心停止ではないだろうか。
6月12日に行われたデンマーク対フィンランド戦。前半42分を8秒経過した瞬間、まさに世界が凍りつき、震撼した。
それまではいつものように、デンマーク随一のテクニシャンぶりを発揮し、華麗なボールさばきを随所で見せていたエリクセンが、突如として、まるで電池の切れたロボットのように、全身の力が一瞬にして抜け落ち、白目をむいてピッチに倒れ込んだ。
医療チームがダッシュでグラウンドを横切った。そして迅速に治療が始まった。ところが同時に、テレビ画面を通じても、デンマーク代表MFの容態が尋常ではないことが伝わってきた。
最悪の事態だということは、治療を受けるエリクセンを取り囲んだ選手たちの激しい動揺にはっきりと見て取れた。親友とされるDFシモン・ケアー、チェルシーでは太々しいプレーが売り物のDFアンドレアス・クリステンセン、さらにタフガイのイメージがあるMFトーマス・デラネイ、FWヨナス・ヴィンドまでが“抑えきれない”とばかりに、ボロボロと涙をこぼし始めた。その泣きじゃくる選手の壁の中では、AED(自動体外式除細動器)が使用され、電気ショックが与えられていた。力なく横たわっていたエリクセンの体がビクッとジャンプしたところもはっきりと見えた。
森 昌利
もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。