名将の“電撃復帰”から見えるレアルの危機 「予期せぬチャンス」はなぜ舞い込んだのか
【英国発ニュースの“深層”】ジダン退任からわずか4日間でアンチェロッティの就任発表
エバートンのカルロ・アンチェロッティ監督が、レアル・マドリードの監督に就任した。まさに電撃的と言うしかない早業だった。
退任の噂は早くから流れていたものの、ジダン監督が正式に退いたのが5月27日。それからなんの混迷もなく、わずか4日間でレアルという超ビッグクラブの後任が決まったわけだ。
もちろん、アンチェロッティ監督の実績は申し分ない。監督初年度となった1995-96シーズン、セリエBのレッジャーナを率いてセリエA昇格。翌年すかさずビッグクラブへの転身を図っていたパルマの監督に就任すると、1996-97シーズンに2位に躍進させた。この実績が決め手となって名門ユベントスの監督に就任。ここではあと一歩で優勝に手が届かず“シルバー・コレクター”と呼ばれて解任されたが、2001年からACミランの監督に就任すると、02-03シーズンにUEFAチャンピオンズリーグ(CL)優勝を果たして大きな花を咲かせた。
ちなみにこの時の優勝で、選手と監督の両方で欧州を制した4人目の人物となった。その後もチェルシー、パリ・サンジェルマン、レアル、バイエルン・ミュンヘンと欧州の超強豪を渡り歩き、その履歴は輝かしいの一言である。
ただし、バイエルン後はナポリ、そしてエバートンの監督を務めた。名将アンチェロッティも、CL優勝候補の常連クラブをマネジメントする「頂点監督のメリーゴーランド」からは降りた、という印象だった。
先日のジョゼ・モウリーニョのローマ監督就任にも共通するイメージだが、通算3回もCL優勝を達成したアンチェロッティが、19年12月にエバートン監督就任を受け入れた時、大監督が一歩階段を降りて、一時代の終焉を感じた。
そしてシーズン半ばでの就任で12位だった1年目の順位は度外視しても、今季のエバートンが10位で終わったところを見ると、2009年からチェルシーを率いた時のアンチェロッティが身につけていた、超一流監督だけがまとう特別な“勝利のオーラ”は消え去っていた。
ところが今回、電光石火とも言うべきスピードで、鮮やかな古巣復帰を果たした。まさにオファーを受けて、即イエスの“二つ返事”という印象だった。
森 昌利
もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。